研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑽科学 思想 研究 ――
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Category: < 世界革命 > | 2005.04.16 Sat 07:47

10年後へ

研鑽の現象化をキッカケに、それに関心をもつ人が現れ、研鑽に触れ、体験する人が増えるように・・・
その為に、研鑽の現象化としての活動や組織や施設などが効果を発揮する。
いくら、羽振りがよくて、繁盛して、有名になっても、研鑽の顕われでないものは無効。
研鑽の顕われでない活動は、やる意味がない。
だから、研鑽を実践する人、研鑽の実現が第一。

各地に研鑽が実践され、研鑽会が実現するために、
「研鑽会を研究するところ」と「研鑽会をやる人を養成するところ」・・・その充実。
各地からの研鑽の実現に心する人達の拠り所として。

今までの世の中は、研鑽のない顕われ、
新しく産み出そうとする社会は、研鑽の顕われ、
研鑽のない活動は、あえて今更やるまでもない。

Category: < 人 間 理 > | 2005.04.15 Fri 07:46

満足 安心

満足というものが、人間にとって大きな要素だと誰もが思うだろうが、
満足そのものを調べないから、物や金で満足が得られるかの如く、営まれている。
感覚的や物質的な一時的満足感を、追って、充たそうとしているようにも見える。
国民の福利を考える行政でも、人間の満足というものを知ろうとしていないようだ。
人は何によって心が充たされるか、という最も重要な点をなおざりにしている。

安心についても同様で、不安の原因を調べ取り除かないで、物や金、約束や取締りによる、不安定極まりない安心感で落ち着こうとしている。

人間の満足・安心が明らかになれば、国策・行政も自ずと変わると思う。

ヤマギシズム生活調整機関・私意尊重公意行なるものが、世に出て40年以上になるが、未だに、正しく理解され、正しく行なわれているとは言い難い。
人間の究明・人間社会の究明から、生まれたヤマギシズム生活。
人間の満足・安心の上に立ったもの、それを充たすもの。
高尚な学問が要る訳ではないと思う。人間の自然な欲求である満足や安心なら誰でも知れる。
それを知ることから、調整機関や私意尊重公意行が正しく行なわれ、正しく機能し、その真価を発揮するのだと思う。

Category: < 研鑽の理 > | 2005.04.12 Tue 07:43

懸案

研鑚会が誕生して50年以上になるが、研鑚会は普遍化・定着したと云えるだろうか?
研鑚会と呼ばれるものは、出来たり、消えたり、維持継続したり、している。
研鑚会は「研鑚の実現」にかかっている。私たちがやろうとしている社会運営、社会生活も「研鑚が実現」しているか、否か、にかかっている。
「研鑚の実現」を「よくわからない」として、ウヤムヤにしていては、「研鑚会」は決して実現しない。
今一度、運研・地区研・係り研などに、「研鑚会」という名称を用いるか、どうか、検討を要する。
「研鑚会」と称している機会、ひとつひとつに対して「それは研鑚会と呼べるのか」を、問うていきたい。
今、漠然としているから、漠然としたままにしないで、「研鑚会」と名乗るからには、「研鑚会」という内容のものを開催するという、意志が必要と思う。

1959.10.3 愛和より
『研鑽の理提案は私達だったとしても、本当の研鑽の理を明確に実現化し実用化し、活用出来るようにこの世に産み出したのは生命がけの業績だったと私は思っています。』

研鑚に出会って何十年、何百回もの研鑚会に出席している人たちが、「しらべる」を目的に集まっても、
研鑚会にならない、研鑚が実現しない、実用できない、としたら何故か?
このまま次代へ研鑚を引き継ぐこともなく、消滅させてしまうのか?

『新しい道に乗った人は、その余得のうちからの一部を、次の道路の建設に協力し、汽車等の維持をすることです。』
心ある人で、研鑚を実行し、研鑚を表して、研鑚を広め伝えようとする研究実践活動を・・・・。
まずは 研鑚の講習会 やろうかな?

Category: < 研鑽の理 > | 2005.04.10 Sun 07:43

原因に到達するまで・・・

1.無自覚・無意識の間違い・道外れ、というものは多いと思う。
  間違いを間違いとも思わず、むしろ正しいとさえ思われていることもある。
  病身の診断のように、精神的間違い・社会的間違いを見出し、認識することが先決。

2.こういう姿が本当ではないか、こうするのが本当ではないか、という、理に適ったもの、正しきもの、を知る。

3.本当はこうじゃないか、これは間違いじゃないか、・・・と、そこまでは行けても・・・・、そこまで、どまり。
  分かっちゃいるけど、やめられない。分かっちゃいるけど、どうすればいいんだ?。ということになる。

4.なぜ、間違い・道外れが生じたのか、その原因を探求する。
  原因を知らない限り、対症療法はできても、間違いは無くならない。
  「原因を探求する」・・・これは本当に未開の分野のような気がする。
  原因を知ると、簡単に解けるような気がする。
  原因を知らないで、解決しようと、あの手この手、ああでもない、こうでもないと、右往左往、彷徨っている。

Category: < 世界革命 > | 2005.03.28 Mon 07:42

・・・

次代へ繋げたいと思うのは、あさはかなのか。
何とか、誰にでも解り易いものにして、伝えてゆきたい。
イズムをそのまま喋っても、ナンノコッチャ? で、相手にされない。
「誰もが欲するもの」に、はまっていくような伝え方。その人、その人用の方法。
今の世代向けの現わし方。 誰の求めにも、はまっていくように。

究極は一体、コモトも一体、要は一体。 人間が殺り合わなくていい世界。
なかよく、なかよく、人と人の本当の姿。 かけひき・損得の無い世界。

人が他人になっている。(他人と書いてヒトと読む) 他人が当たり前になっている。
喰い合い殺し合いの人間界に、一体の世界を実現して見せると・・・。

ガツガツ・セカセカ・ピリピリ・イライラしない、ゆったりした人の群れ。
のどかな、鷹揚な、仲睦まじい人間界に・・・。

問題・モンダイ・悩み・苦しみ、いっぱいの世の中で、一人で寛い豊かな心で居られる人は極稀で・・・。
だから、そうありたいと希う人が寄って、どんな悩みも、難問も、明るく仲良く、解決しながら、解決できなくとも、暗くならないで、諦めないで・・・、
明るく、仲良く、前向きに考え合って進んで行こう。
そうした社会で、凡てが自ずと溶けて行くように・・・。

Category: < つれづれ > | 2005.03.27 Sun 07:41

中毒(チュウドク)・・・

酒やタバコをやめられないのをアルコール中毒とかニコチン中毒と言うことがある。程度によるのか、「依存症」という呼び方もあるらしい。
例えば、コカコーラは飲み始めは薬臭く感じるが、飲み続けると美味しく感じるようになって、あれも一種の中毒だという話を聞いたことがある。

「中毒」を辞書で引いてみると、「薬物などの毒素により機能障害をおこすこと」「それなしでは過ごせないこと」と書いてある。用例として「活字中毒」ナンテ書いてある。ナンジャコレ?!

機能障害をおこしたり、それなしでは過ごせないこと、と云えば、今の世の中は、そういう症状が無数にあるように思う。
テレビやクーラー等の電化製品、パソコンやインターネットやメール、携帯電話、自動車、化粧品などなど、「それなしでは過ごせないこと」が蔓延している。みな便利で、それが暮らしを快適にしていると思っているから「機能障害をおこしている」という自覚がない。

元々無かったもの、無くても過ごせるものを「それなしでは過ごせない」として無自覚に暮らしていること自体、頭のどこかが「機能障害をおこしている」と云えるのではないだろうか。

他にも、仕事の虫とか仕事中毒という言葉もある。趣味や遊びの中毒もある。「オタク」という言葉があるが、辞書には「ひとつのことがらに異常にこだわる人」と書いてある。
スポーツ選手や芸術家にも中毒があると思う。その道で秀でた成果を発揮している中毒もたくさんあると思う。
ダイエット中毒、エステや美容整形の中毒、更に健康食品中毒・・・となると、何が健康か、何が中毒か・・・?
所有中毒、お金中毒、保険中毒・・・、全国民が無自覚集団中毒症状に陥っているのかもしれない。

毒も薬のうちで、麻薬も使いようで、そのものが悪いのではなく、使い方を誤って中毒になってしまうのだと思う。
中毒から抜け出すには、「それなしでは過ごせない」と思っているものを、ひとつ、じっくりと時間をかけて、得心がいくところまで調べてみることだと思うが、中毒というものには禁断症状というのがあるから、そう簡単には放れない。
そう簡単には放れないから、それが禁断症状との自覚が伴えばよいが、そうでないと、その思い方によっては、「私にはやっぱりこれが必要なんだ」「私はこれ無しには生きて行けないんだ」と、尚更に思いを固め、依存症を深めていく場合もあるだろう。

自覚的あるいは無自覚的に「それなしでは過ごせない」としている縛り捉われを解放して、正常に戻るためのリハビリ的作業も「生涯学究 予科課程」の役割かもしれない。

一つの例で、Aさんが担当している役割があって、それと似たような内容の事をBさんがやろうとした。すると、Aさんが「私がやっているのに何故そんな事をやるのか」と抗議した。果たして、Aさんは何が気に入らなかったのだろうか。
この場合、Aさんの中で何か「機能障害をおこしている」と思った。
前述したように、スポーツでも芸術でもボランティア活動など良かれと思っての行為も、「中毒」になり得る。
一生懸命になること自体に害はないと思うが、まかり間違うと、一生懸命になって使命感や責任感や正義感に燃え、「それなしでは過ごせない」自分を作り出し、それが高じると、他の人への弾圧・強制へと発展する恐れがある。
「良かれ」という強い思いが、その人の中で「機能障害をおこしている」
便利だ、快適だ、実績があがっている、役に立っている、やりがいがある、充実感がある、等々、現象面の結果的成果や評価よりも、「中毒症や依存症、機能障害」という観点で人間の行為行動・心境面を観察していきたい。

Category: < つれづれ > | 2005.03.01 Tue 07:40

つれづれ無為乱筆4

私は何故、今ここにいるのか
 自分の事実を知る
私は何故、今ここにいるのか
私は何故、仕事をしているのか
私は今、何を生き甲斐にしているか
私が生きている甲斐、とは何か
私はこれから、どうなりたいか

私は何に向かって進んでいるか
私は常日頃、何を大事にしているか
 何故それが大事なのか
 それって、大事にするようなことか
私は常日頃、何に関心があるか
 思っている自分と実際の自分との違い
私が嬉しい気持ちになるのは、どんなことか、どんな時か
 感情によって自分を知る
 何を大事にして優先して暮らしているかを知る

感人種と研鑚人種
「本当」ということに、どれだけ関心があるか
 真実の価値観と感の価値観
私は生きている間に何を一番やりたいか
あと半年の命だと宣告されたら、どうするか
今、寝たきりになったら、これからどう生きるか
私は何をしに生まれてきたのだろう
 みんなで苦の種を蒔いている
 本当の楽を知る
 真実という価値観の世界

一体生活とは、どういう生活か
私にとって、人と人は一体か、どうか
 人や物がどう観えているか
一体社会とは、どういう社会か
一体社会はどうすれば、できるか

私の寛さ豊かさは、どれくらいか
私は豊かな人か、どうか
私の豊かさを見つめてみると・・・
 「無い豊かさ」とは・・・
 本当の豊かさ、幸福を知る
私の人生を色と明るさで表現すると
私にとって、人生の満足とは何か
 要求と満足
 人生の一番美味しいところ
人生最大の喜び
 喜びとは何か、喜びの自分、喜びに生きる

私にとって、満足とは何か
 人生の満足
私にとって、安心とは何か
 無いのが安心
 有っても無くても豊か
 うまく行っても行かなくても楽しい
 そのままが楽
自分の考えを入れないで、人の意見でやると、どうなるか

50年後は、どうなっているか
10年後は、どうなっているか
私が今死ぬのと、10年後に死ぬのと、何がどう違うか
1年後はどうなっているか
私は、どんな社会に住んでいるか
私がいることで、社会はどうなっているか
 私がいるのと、いないのとの違い
私はこれから生きている間に何をやるか
50年後100年後のために私にやれることは・・・

Category: <無所有一体へ> | 2005.02.25 Fri 21:37

6.「無所有一体」社会への胎動期 1960年

前にも述べたように「無所有」とか「一体」という表現は、山岸会の専用語でもなく、他でも用いられる言葉だが、ヤマギシズムでいう「無所有一体」を大まかに云うと、凡ゆるものが誰のものでもない、隔てや囲いなく自由に誰が使ってもよい、怒りや争いなく凡てが仲良く溶け合った世界。
この「無所有一体」世界を実践し、無所有一体の人、無所有一体の生活、無所有一体の社会、実現を目指した。
「無所有一体」を実践しようと志す人たちが集合した生活の場が、三重県伊賀町の春日山だったので、「無所有一体」を実践するということは、春日山のような生活をすることだ、との印象が広まった。
いろいろな体験を経て「無所有一体」研鑽が深まるにつれて、「無所有一体」とは財産を処分して出資したり、一ヶ所に集まって生活することではない、ということが明らかになってくる。
財産を処分したり一ヶ所で集合生活するのは「無所有一体」世界を生み出すための試験・実験的行動とも云えようか。それは、実験室での試験管的「無所有一体」の実証・検証とも云えるのかもしれない。
目指す世界は、全ての人が仲良く豊かに幸福一色で永遠に繁栄する社会だ。
世界中の何処でも誰でも行なえる普遍性のある万人に迎え入れられる社会の実現だ。

春日山のような生活体は「無所有一体」になっていくための方法・手段の一つかもしれないが、財産を処分したり住まいを移さなくとも、何処ででも現状そのままで「無所有一体」を実現する方法がある筈。
それは「無所有一体」の人になっていくような研鑽の機会と「無所有一体」生活になっていくような仕組みや運営。
春日山での体験・実験を通して「無所有一体」を実現する「人の要素」と「社会的要素」が明らかになってきた。

知らず知らずの内に人々の中に宿った価値観とは厄介なもので、社会通念 常識観念は共通観念となり、固定観念 頑固観念となる。その価値観に合致するものは賞賛され評価されるが、その反対のものは烙印を押され拒絶される。
それは、外見上の一時的な現象面を捉えて判定する根強い価値観である。
例えば、大きく広がり勢い盛んに繁盛しているものは「成功」といい、その反対の場合は「失敗」という。「成功した」とされるものは評価され有名になる、「失敗した」とされるものは評判が下がり批難されたりする。
当時の春日山の生活体も、一般的な「成功」を求める人から見たら、失敗の連続であり、「あれはダメだ」というだろう。実際に春日山に生活する人数は当初の半数以下になった。
目的は、豊かになって繁盛することでもなく、周囲から立派だと評価されることでもない。
そこに集まった人の中には、さじを投げた人も多くいたかもしれないが、小さくとも「無所有一体」実現・実験の成果・手応えから確信を得た人達がいたことだろう。

「研鑽」があるから周囲社会の価値観に拘泥しない。流されない。本筋から外れない。
「無所有一体」がうまく行っているとか、失敗したとか、「ヤマギシズム」は素晴らしいとか、ダメだとか、見た目からの常識観では判定できないのではないだろうか。
みんなが満足しているから正しいとか、不満があるのは間違っているからだとか、一概には云えないだろう。
その土地、その時代で、人々の価値観は変わっていく。その価値観に合わせた一時的成功や満足感を、いくら積み上げて行っても、それは砂上の楼閣であって、永遠に揺るぎない真の幸福のみ溢ぎる世界には届かない。
物が多くても少なくても囲い合いも奪い合いもない世界。
どんな事態にも争いなく仲良く溶け合って協力し合う世界。

「無所有一体」の本質に迫るときがきた。

1960年 ヤマギシズム生活実顕地、別名「金のいらない楽しい村」という表現で、「無所有一体」社会のあり方や、実現するための具現方式が出る。

未完

Category: <無所有一体へ> | 2005.02.25 Fri 21:36

5.「無所有一体」生活の実験的段階 1958年~

所有する物が何もない状態、自分の家もない 自分の土地もない 自分の財産もない 身軽さ 気楽さ 自由さの中で、志を同じくする多くの人と共に生活する。
宿舎を建て、食堂や風呂をつくり、みんなで仕事をしながら暮らしを作っていく。
「無所有一体」の生活、「無所有一体」の社会は、従来の組織運営や社会機構とは全く異なる、かつてない新しい営み。
外見は、共同生活・共同事業を営む共同体のように見えるが、共同や共産ではなく、「無所有一体」をやろうとした。
分配や割り当てがない、個々に報酬がない、子供のための生活の場を設けて子供の係を置いた、仕事は分業制、生活面もいろんな役割を手分けしてやった、委し合いの係役制で長や上下がない、働く人も働けない人も差別がない、・・・・・などなど具体的な事例を数え上げれば切りがない。
数百人もの人が一ヶ所に集合して、個々に持たない暮らし、みんなで話し合って進める暮らしを実践した。
一般常識的な見地からは、全くかけ離れた現実だが、これも全財産を放して「無所有一体」をやろうとする人たちだから、できたのだろう。

この生活体は順調に進んだわけではなく、間もなく周囲から非難・危険視され叩かれた。また物質的にも相当窮乏した。そういう事態に至って「もう、かなわん」と離れていく人と、「これからが本番」と結束を固める人達とがいた。

同じ目的の下に集った同志だが、事態が変わると離れていく人と、より深く親しくなる人とある。
「無所有」か「無所有でない」か、「一体」か「一体でない」か、順調に進んでいる時には見えなかったものが、いろんな事態に直面することによって現れてくる。事が起こる度に「無所有一体」か、そうでないかが試される。
利害や思い考えの一致で寄る「共同」は、一致しなくなると寄る意味がないから離れる。
「一体」は、どんな事態になっても決して離れ離れにならない。「一体」だから離れようがない。
「共同と一体のちがい」

いくつかの試練を経て、「無所有一体」生活は試されたと言える。
私物化しないで、みんなで物を使い合ってるからといって「無所有」とはいえない。
同じ場所で共に暮らしているからといって「一体」とはいえない。
離れて暮らしているからといって「一体でない」とはいえない。
「無所有一体」とは、一ヶ所に物を集めることでもない、一ヶ所にみんなで暮らすことでもない、ということが明らかになってくる。

「無所有一体」とは、何も持たない隔てのない溶け合った状態で、「無所有一体」生活をするということは、そういう状態の人になることだ。一ヶ所に物を集めたり一ヶ所に集合生活したのも、そういう状態になるための一つの環境面での方法であって、その形態を「無所有一体」生活というのではない。

いくら「無所有一体」に共鳴し、それを志した人でも、だからといって「無所有一体」の人になっているとは言えない。志を同じくする人が寄って、いろいろな方法を考案し、実験しながら、「無所有一体」の方向へ「無所有一体」の方向へと仲良く協力しながら研鑽していく暮らしにこそ、「無所有一体」生活実現の鍵があるのではないだろうか。

Category: <無所有一体へ> | 2005.02.23 Wed 21:33

4.初期 ~「無所有一体」行動に至るまで

ヤマギシズムに共鳴する人たちによって生まれたのが山岸会である。
ヤマギシズムは、研鑚方式によって、凡ての事柄について、決めつけなく本当はどうかと検べ続ける考え方である。
ヤマギシズムによって見出された理念についても、それは研鑽の過程のものであって、決めつけることなく、研鑚し続けるものであって、最終の結論ではない。

例えば、人間の本当のあり方について、研鑚していくと、
「怒り・憎しみ・我執・我欲など無いのが本当の人間の姿ではないか」とか、
「仲良く楽しく豊かに繁栄していくのが本当の人間の姿ではないか」とか、
「全ての人が生まれてから死ぬまで幸福一色であるのが本当の人生ではないか」とか、
「権利・義務・監視・罰則・所有・国境など無いのが本当の社会ではないか」等々の考えが出てくる。
そのような人間や人間社会の本当の姿の元になるものとして、「宇宙自然万物一体の理」「自然全人一体観」「無所有・共用・共生・共活の理」等々の理念が出てくる。
これらは全て研鑽の過程のもので、検べながら検べながら研鑚し続けるものである。
このような人間や人間社会のあり方や、その元になる理念が見つけ出されるにつれて、気持ちや考えが、その方向を指向し、実現・実践の行動に現れるのは、当然のことと云えるだろう。

1953年 山岸会発足
1956年 特別講習研鑽会開催
1958年 百万羽養鶏構想のもと、理想社会実現を志す山岸会会員が、全財産を持ち寄って、家ぐるみ家族ぐるみ、三重県に集結した。

山岸会では当初より「一体」ということは謳われ、会員に浸透していたと思われるが、それは、山岸会の中の一体とか、会員同士の一体ということでなく、ヤマギシズムの研鑽からくる「自然全人一体観」である。
「一体」という語は、他でも使われていると思うが、直接的に関わりのある物との間柄のことの表現だったり、思いや行動を同じくする人達の間柄を表現していることが多いのではないだろうか。
物との一体、人と人との一体を感じたとしても、場合によっては関係ない物と思ったり、関係のない別の人だと思うようになったりすることや、時には敵対するようになってしまうこともある。このような「一体」は、「一体」と呼んでいるのみで、部分的一体、一時的一体、便利一体、等であって、本当の「一体」ではない。
「自然全人一体観」の「一体」とは、いついかなる場合も、人類そのものが、この世界そのものが離れようのない「一体」であるという意味である。
「自然全人一体観」に立って見ると、どんなに広く大きい一体の組織や堅い間柄に見えても、気の合う人とだけ仲良くしたり、必要な物だけ大切にしたり、等々、隔てや囲いや枠があるものは「一体」ではないことが分かる。
共同体や協同組合や共産国など、その中では「一体」かもしれないが、外と内との隔てのあるものは、本当の「一体」ではない。一時的一体や部分的一体であることが判明する。

ヤマギシズムの研鑽によって見出されてくる「一体」は、どこにも一切の隔てのないもの。
この「一体」が明らかになってくると、人間同士が国境を設けて争っているのは勿論のこと、人と人が離れて反目している等々にとどまらず、個々に所有し、自分の物だとか、他人の物だ等と、囲いを固く守って暮らしていることの実態があらわになってくる。
どれだけ協力し合って、仲良くやっていこうとしていても、私有や共有の「所有社会」の中で「所有」を肯定して暮らしていては、本当の「一体」の世の中が実現しないということが分かってくる。

所有の無い世界、「無所有一体」の世界が見えてくる。
凡てを放し、何も持たない、楽さ、軽さ、自由さの中で、本当に人と人とが隔てなく溶け合って、永遠に仲良く繁栄していこうとする生き方が始まる。

「無所有一体の人間社会」を目指しての「無所有一体」行動に至る。
1958年 三重県伊賀町春日山にて、「無所有一体」を志す人たちが集結し、生活が始まった。

但し、「無所有」という言葉は、後に山岸氏から出たもので、この時期の資料や記録などには「無所有」の語は見当たらない。会員の中でも「無所有」という言葉は使われていないようだ。
「無所有」という言葉は出さないで、そういう実態に向けて進んでいたと思う。

つづく
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