研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑽科学 思想 研究 ――
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Category: < 世界革命 > | 2005.11.26 Sat 09:52

メモ

原理 心理的方面の解決 と 社会構成の真髄

方法 精神面で真実のあり方を知る 物を豊富にする 社会機構を正しきものに組み建てる

  ・社会 自由・平等

  ・人間 人の幸福・最適 = 心の正常・適材適所
       心の正常~知性育成~人格形成~個性発揮~最適・快適

人間社会・・・自由平等は機構によって・・・
        幸福最適は制度によって・・・
        (心の正常・適材適所)

Category: < 世界革命 > | 2005.11.12 Sat 09:51

文化を育む

【文化】
  人間の生活様式の全体。
  人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。
  世の中が開けて生活内容が高まること。
  精神の働きにより作り出したもの。
  物質的所産は文明とよび、文化と区別される。

自覚~人格~個性~技術~芸術・・・人間性を探るなかで 文化 という話に至った。
  教え押し付け・固定停滞のない文化
  人と人とが隔てなく溶け合った文化
  貯蓄・保険に頼らない、不安・心配のない文化
  金銭による売買・損得勘定ない文化
  弧別核家族・金銭物資基調・自由競争の文化とは対照的なもの。

個の活動を指して文化とは呼ばない。
文化の中から生まれた活動・現象は、その文化の現われ・象徴。
文化を育む・・・・ 社会づくり とは、ちょっとニュアンスが違うかなー。
豊かな文化を育み 児孫に贈るこそ 生き甲斐

Category: < 精神革命 > | 2005.11.07 Mon 09:49

「・・・は一日にしてならず」 というか

「稲の稔りは土中にかくれた根にあり」
「鶏の産卵は腹中の消化器にあり肉眼にみえぬ染色体にあります」
「目に見える部分よりも、形の無いものに本当の価値があるのです。」

こういうことが当たり前の中で、育ち暮らして来れば何でもないことなんだろうけど、
長い間、目に見えるものや感や情を主体で来ていると、こうなるのに一朝一夕では行かない。

①それには先ず、自分の思いをはさまないで、物の成り立ちや自分の成り立ち、存在や変化そのものありのまま受けられるように・・・。(そうなる為のキッカケとその後の方法・レッスンが要ると思うけど)
②そこをベースに、本質的な視点・観点・感性・感度など引き出され、観察力や思考力が育つと思う。
③そうなって、初めて、理念や真実のあり方や具現方式が役立つのだと思う。
人のことも、社会のことも、凡ゆる物事について、本質的に考え行えるようになるのが先決。

自分の身体・思考・感情・言動・生活全般の組成・構成を知るは格好の練習台。

急いで、はしょっても、ならないし、急ぐ必要は何もないし、その道を通るしかないような道があり、自分から道を外れないで、ただそこを通るだけだと思う。

Category: < 精神革命 > | 2005.11.06 Sun 09:48

「錯誤」しているという自覚

【錯誤】の意
① まちがうこと。まちがい。誤り。
② その人の認識と客観的事実とが一致しないこと。
③ 民法上、意思表示をした者の内心の意思と表示行為とがくいちがっていることを表意者自身が知らないこと。

  (例えば、英和辞典を買うつもりで、気づかずに和英辞典を買うなど。)

チョンマゲ時代のことを聞けば、何故あんものしてたんだろうと思う。
でも、今の時代にも、いっぱいあるチョンマゲに代わるもの。

遠慮・気兼ね・寡黙・ひっこみ思案は狭い自己世界、自分の感性に自信がある人。
感動しやすいタイプは自分よりで、そのものありのままに対する感度が鈍いのかも・・・。

事実の世界は、一体だ、誰のものでもない、みんな繋がりの中で生かされている、と思っていても、自分の心の現われ言動が、くいちがっていることを知らない。

つまり、「錯誤」というのは「思い違い」ってことかな?
初めから違った思いをしてる人はないのだから、わざわざ実と違う思い方しなくてもいいのにね。
思いを直すよりは、先ずは、あれこれ思わないでいられたら、わざわざ間違えなくていい。
あれこれ思わないで暮らせる人はラク。

Category: < 精神革命 > | 2005.11.03 Thu 09:47

「知らない」自分という自覚

○○さんって知ってる? ○○という芸能人のスキャンダル知ってる? ○○であった事件知ってる? ○○の作り方知ってる?・・・ 「うん、うん、知ってる、知ってる。」
果たして、いったい、何を、知っているんだろう?
テレビなどで見たり聞いたりしたことが、自分の口から、すらすらと出てくる。私は見たから、聞いたから「知ってる」ということか?
その実は知らなくても、知った気になっている、知ってると思っている

①知らない自分を知らない・・・・自分は知っていると思っている。
②できない自分を知らない・・・・自分はできると思ってやっている。
③服を逆さに着ている自分を知らない・・・自分は普通に着ていると思っている。
 ----この場合、人から指摘されて着直したとしても、自覚とは関係ない。
④願っていることと逆を向いている自分を知らない・・・・自分は願っている方に向かっていると思っている。

自分の実状を知らないで、自分の思いに任せて、やろうやろう、なろうなろう、としているのかな。

③の例なら誰の目にも明らかな滑稽な姿だけど、それ以外に、みんなもそうしてる、自分も気付かない(悦にいって、気を良くしている)滑稽さ・・・些細な日常生活の隅々に、いっぱいあると思う。
気分が良くて楽しいと、覚醒剤のようなものでも良いことしていると思いがち。

人間らしい人間になるために、始まりは現状の自覚から。

Category: < 精神革命 > | 2005.11.03 Thu 09:46

「思っている」「・・・つもり」という自覚

私は「知ってる」「分かってる」つもり。
「知ってる」「分かってる」と思っている。

「知らないこともある」「分からないこともある」と言う。
つまり、「知ってることがある」「分かってることがある」ということか。

「知った」「分かった」「知ってる」「分かってる」とは、どういうことか。

例えば、「感覚主導」とか「自覚がない」と聞いて、
だから、どうなのか なぜ、そうなるのか それで、どうするのか ・・・と、
それについて意見を述べたり、原因をさぐろうとしたり、反省したり、行動しようとしたりする。つまり、すぐにその次へ行こうとする。
それは、もう既にそのことを「知ってる」「分かってる」つもりになっているからか。

原因・反省・改め・実行 に移るということは、既にその意味を
「知ってる」「分かってる」と、自分の中でなっているからか・・・・


幸福を知らない自分を知らないで、幸福になろうなろうとしている
聞くを知らない自分を知らないで、聞こう聞こうとしている
一つを知らない自分を知らないで、一つでやろうやろうとしている

Category: - | 2005.11.01 Tue 18:40

感覚主導という自覚

自分の身に絶えず作用している気圧や重力など感じることができない。
地球の自転や公転も、地表が球面であることも感じることができない。
身近な人には自然死でも深く悲しむことがある。
遠くで多くの人が悲惨な死に方をしても、さほど悲しみがない。
自分の体内のことでさえ異状を感じないから大丈夫とはいえないもの。
そこで、「感覚」とは、「感情」とは、どういうものかとの認識が始まる。

現実を見てみると、
食べるのも、着るのも、行動するのも、是か非かを決するのも・・・、
選択判定の基準は「感覚」で、行動の原動力は「感情」か。

いつも「感覚」が最前列に居座って指揮をとっている

Category: < 精神革命 > | 2005.11.01 Tue 09:45

感覚主導という自覚

自分の身に絶えず作用している気圧や重力など感じることができない。
地球の自転や公転も、地表が球面であることも感じることができない。
身近な人には自然死でも深く悲しむことがある。
遠くで多くの人が悲惨な死に方をしても、さほど悲しみがない。
自分の体内のことでさえ異状を感じないから大丈夫とはいえないもの。
そこで、「感覚」とは、「感情」とは、どういうものかとの認識が始まる。

現実を見てみると、
食べるのも、着るのも、行動するのも、是か非かを決するのも・・・、
選択判定の基準は「感覚」で、行動の原動力は「感情」か。

いつも「感覚」が最前列に居座って指揮をとっている

Category: < 精神革命 > | 2005.10.17 Mon 09:42

自覚のない自分を自覚する

人間にとって最も必要な自覚の始まり。

この世に、嬉しい出来事とか、悲しい事とか、感動するような光景・作品・行為なんていうものは存在しない。つまり、美しい景色とか、美味しい食べ物とか・・・。
感情は、人や物事に対する反応ではなく、自分なりに認識し捉えたものと自らの内にあるものとの自己反応だと思う。それを、物事に対して反応しているのだと捉えがち。

自らの内なる自己反応。思考も言動も自らの内なる自己反応。意識を伴わない日常生活行動など、食べることも、歩くことも、話すことも、働くことも、・・・。

そういう自覚のある人と、自覚のない人との違い
例えば、事故が起きた、値上がりした、あの人がこう言った 等々、捉えた自分の中で、どうなっているか(自己反応)。事実かどうかでなく、事実は事実でいいんだけど。

飲食する、衣服を着替える、トイレに行く、人に声をかける 等の生活行動を 自然な行為だとか、自分に合った無理のないパターンだとか、或いは人や物事に対して反応しているんだと思いがちだが、ジツは、実は、その人の持っているものが、ハッキリ現われているのだから・・・。自覚がないだけかなーー。
共に暮らしたり、話したりする中で、そういう自覚のある人と、自覚のない人との違いは大きい。

Category: < 精神革命 > | 2005.10.14 Fri 09:41

私は、なぜ? という問い。

生涯学究で、「何故?」という問いで調べることがある。
生涯学究での「何故?」は、「私は、なぜ・・・?」という問い。

私は、なぜ・・・? と問うても、
 誰かに返答をしようと、知識・経験など、知ってることを羅列して説明・納得する人や、
 そのことを分析して、理由や原因を突き止めようと、考える人がいる。

私は、なぜ・・・? という問いは、私に尋ねることであって、知っていることで理由を説明したり、原因を考えることではない。
自分に問う(自問する)ことが仲々できない人がいる。すぐに知っていることが出てくる。頭で考えて返答しようとする。 
自分に聞いてみて、自分の中から何が返ってくるか。何も返って来ない場合もある。何を問われているのかさえ分からない場合もある。

自分に尋ねてみて、自分の中から返ってくるもの、それによって自分を知る。
あれやこれやと考える前に、知識や経験で何かを知ったつもりになる前に、先ず自分に聞いて、今の自分を知る。人間にとって最も必要な自覚の始まり。 
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