Category: マイプロフィール | 2007.03.29 Thu 18:00
無為乱筆 満六歳
いやぁー、鈴鹿に来たのは、ホントに ラッキーだね。
幸運の女神様のお導きかな。
息子と娘は6歳ちがい。2001年春、中学校と小学校の入学に合わせて二人とも鈴鹿に来た。そして、今年、晴れて高校と小学校を卒業した。
私(父)は、といえば、鈴鹿に来て、就職でもすれば家計・収入は安定しただろうに、そうしてしまっては拘束が多く、限り有る時間も不如意となるから、定職にも就かず、やりたい放題をやってこれました。

ここでの6年余りは、研究と実験に明け暮れる毎日です。
人間の方面の研究が進んで、研鑽ライフセンター という活動となって現象化してきました。
社会や経済の方面でも、試行錯誤・失敗・やり損ない等々の連続で、いくつかの会社(法人)ができて、やめたものやたら、続いているものやら、お店や事業活動が始まったり終わったり、積んでは崩す積み木遊びのように、なにをやっても面白く弄び的で、みなで楽しく戯れています。
金銭的な儲けが増えるのは結構なことで、それは、レジャーや贅沢品が欲しい訳ではなく、一人でも一時間でも金のために働かなくてよくなるからです。あり余る程ではありませんが、ここでの経済的余得は研究や実験や研鑽会の整備等に使われています。金回りが良くなれば、なるほど、多くの人や時間を研究に注いでも暮らしていけます。
檻の中で餌を与えられて育った獣は、野に放たれても狩ができないとか・・・
金を糧にして育った人間が、金なしには生きていけないと思っている・・・
なんとなく似てるな・・・
資本主義は、人身売買・奴隷制の延長か?人間の考え先行のバーチャルな世界。
そこを少し抜け出して、人は人以下でも人以上でもない、人は材料・道具・商品でもない、リアルなリアルな物質経済の世界を垣間見ています。
金より手足の四本(資本)は大したものや。(1960年 六川での談話)
金も名も求めず、各自の身に合う仕事で世界中に踊り、天地に愧ぢない連中には、至る処家在り、食有り、友、吾子ありです。(1955年 山岸会養鶏法)
会の財源は人的に物的に無限大である、(1960年 山岸会事件雑観)
第二章 構成 一 幸福研鑽会 の締めくくりは、
なるべく働かないための研鑽をしましょう。 で結んでありますが、なるほど働く手を一旦止めないと幸福を見つける暇もないでしょう。
巷では、働くことで幸福になるかの如く思って、一生懸命働いている人もいるようです。
ヤマギシズムに出会った会員諸氏も、それぞれの地で、自己変革やグループ活動等にヤマギシズムを取り入れて活かしていることでしょうが、・・・
ヤマギシズムの真骨頂は「社会実現」にあり。
社会実現とは、既成社会での世直し運動や社会浄化活動に非ず。
社会実現とは、かつてない新しい社会が現前すること。
2006年8月30日「よく ここまで きたな」の記事参照
ここで培ってきた「ヤマギシズム=社会実現」のノウハウの蓄積は、どの地域へも輸出できるでしょう。
さてさて、いよいよ、これから、次は、何が飛び出しますことやら・・・。

幸運の女神様のお導きかな。
息子と娘は6歳ちがい。2001年春、中学校と小学校の入学に合わせて二人とも鈴鹿に来た。そして、今年、晴れて高校と小学校を卒業した。
私(父)は、といえば、鈴鹿に来て、就職でもすれば家計・収入は安定しただろうに、そうしてしまっては拘束が多く、限り有る時間も不如意となるから、定職にも就かず、やりたい放題をやってこれました。

ここでの6年余りは、研究と実験に明け暮れる毎日です。
人間の方面の研究が進んで、研鑽ライフセンター という活動となって現象化してきました。
社会や経済の方面でも、試行錯誤・失敗・やり損ない等々の連続で、いくつかの会社(法人)ができて、やめたものやたら、続いているものやら、お店や事業活動が始まったり終わったり、積んでは崩す積み木遊びのように、なにをやっても面白く弄び的で、みなで楽しく戯れています。
金銭的な儲けが増えるのは結構なことで、それは、レジャーや贅沢品が欲しい訳ではなく、一人でも一時間でも金のために働かなくてよくなるからです。あり余る程ではありませんが、ここでの経済的余得は研究や実験や研鑽会の整備等に使われています。金回りが良くなれば、なるほど、多くの人や時間を研究に注いでも暮らしていけます。
檻の中で餌を与えられて育った獣は、野に放たれても狩ができないとか・・・
金を糧にして育った人間が、金なしには生きていけないと思っている・・・
なんとなく似てるな・・・
資本主義は、人身売買・奴隷制の延長か?人間の考え先行のバーチャルな世界。
そこを少し抜け出して、人は人以下でも人以上でもない、人は材料・道具・商品でもない、リアルなリアルな物質経済の世界を垣間見ています。
金より手足の四本(資本)は大したものや。(1960年 六川での談話)
金も名も求めず、各自の身に合う仕事で世界中に踊り、天地に愧ぢない連中には、至る処家在り、食有り、友、吾子ありです。(1955年 山岸会養鶏法)
会の財源は人的に物的に無限大である、(1960年 山岸会事件雑観)
第二章 構成 一 幸福研鑽会 の締めくくりは、
なるべく働かないための研鑽をしましょう。 で結んでありますが、なるほど働く手を一旦止めないと幸福を見つける暇もないでしょう。
巷では、働くことで幸福になるかの如く思って、一生懸命働いている人もいるようです。
ヤマギシズムに出会った会員諸氏も、それぞれの地で、自己変革やグループ活動等にヤマギシズムを取り入れて活かしていることでしょうが、・・・
ヤマギシズムの真骨頂は「社会実現」にあり。
社会実現とは、既成社会での世直し運動や社会浄化活動に非ず。
社会実現とは、かつてない新しい社会が現前すること。
2006年8月30日「よく ここまで きたな」の記事参照
ここで培ってきた「ヤマギシズム=社会実現」のノウハウの蓄積は、どの地域へも輸出できるでしょう。
さてさて、いよいよ、これから、次は、何が飛び出しますことやら・・・。
