研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑽科学 思想 研究 ――
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Category: < 人 間 理 > | 2008.12.09 Tue 09:00

人生を研鑽する

研鑽人間学シリーズ
人生を研鑽する
どこまでも冷静客観して人間を分析把握して、人間本来の人生を見究めようとするもので、自己啓発や自分を高めるためではないので、自己の生き方や生き甲斐を求めすぎると、観察が曇る。
1.人生とは
    人の一生の範囲
    生きているとはどういうことか
    生きている肉体
    生きている精神
2.自分を知る
    自分には何があるか
    自分は何でできているか
    自分はどのようにしてできたか
    自分の中のものと、周囲のものとの反応
    ・・・思考、感情、言動などについて
3.その人 受けたもの 現象化
    人を構成している要素
    受けたものによって形成された肉体(健康状態)
    受けたものによって形成された精神面(心の状態)
    周囲の刺激との反応、そこから現象化
    ・・・現象化したものは、その人そのものではない
    受けたものによって形成されたものは、その人そのものではない
    ・・・刻々と変化しつづけている
4.人は何を糧にして生きているのだろう
    物質的な糧・・・空気・水・日光・食糧・・・
    精神的な糧・・・個々に異なる心の糧・・・・・・・・・・
    人とは何か、何によって生きているか、何を見てその人としているか
5.正常健康に生き続けようとする本来性
    生涯一瞬も休まず作用している生きる力
    肉体が病むのは後天的なもの
    精神が病むのは後天的なもの
    種々の観念で目隠しされ、正常健康(真実)を諦めている。
6.生来の安心 豊かさ 明るさ
    人生の始まり(ゼロの状態)から具わっている
    無いものはない 足らないものはない
    知る知能がある、知能は育つ
    自分を知る人生 (自分の成り立ちを知る、自分のいる世界を知る)
    受けているもの・受けてきたものを知る豊かさ、知る明るさ
    ・・・歳を経るにつれて、ますます安心、明るく、豊かに・・・
7.人として生きる 即ち 人生
    人に育てられて人になる(他の動物や機械では人にならない)
    人から受けるもの、周囲社会から受けるものによって人になる
    親から受けたように子へ注ぐ
    社会前代から受けたように周囲後代へ注ぐ
    受けた知能を育み、自分を知る
    ・・・自分を生み育てた世界(社会)・人を愛する
    ・・・自己の持てるものを注ぎ発揮する喜び  生涯かけての仕事



     ↓↓人生の扉(YouTube)

Category: < 社 会 理 > | 2008.11.30 Sun 00:00

社会を研鑽する

研鑽社会学シリーズ
社会を研鑽する
Ⅰ 概要
    1.幸福な人生 快適な社会
    2.自由な社会 平等な社会
    3.私の社会像
Ⅱ 社会を研鑽する
    1.あらわれたもの と そのもの
        1.言葉 と そのもの
        2.物象・事象 と そのもの
        3.あらわれたもの と その人
    2.社会観の元となる人間観
        1.社会と人間
        2.人間の考えについて
        3.欲求 意志 感情 などについて
        4.教育やしつけ と 意志
        5.やらせる やめさせる
        6.自由欲求 自由意志の領域へ
    3.人をベースにした社会
        1.人によって構成する社会
        2.人用の社会
        3.人になるための社会
    4.人の自由 社会の自由
        1.人と人の仲
        2.人の実状は?
        3.人と社会の仲
        4.社会や組織の実状は?
        5.社会の自由
        6.人の自由

Category: < 人 間 理 > | 2008.11.29 Sat 12:00

人生を知るための研鑽会

 この研鑽会は「自分を知るための研鑽会」の次のステップという位置付けですが、「社会」という課題へ行く前のステップでもあり、「人生とは」(人間の一生とは)がテーマ。
 つまり、「人間とは」ということを、イチから、じっくり、じっくり、やってます。
人間を知らない、知ろうとしない、が故の今の人間界かなー、というところから。
 「ホント人間を知らないでようここまで生きてきたなー」というところから、もっと人間を知りたい、人の中身を知りたい、人ってどうなってるんか、人の心ってどういうものなのか、行為(言動)や思考・感情の出どころ、その人のベースになっている心の状態に焦点を当てる。
 当てたい、当てようでは、当たらない。「そこに焦点が当たるような自分」という「自分の心の状態」が問題になってくる。
 今までやってなかった分野だとしたら、一朝一夕にはいかないけど、その重要さを知ることから、そういう自分になっていこうとする研鑽の入り口のような感じです。

Category: < 精神革命 > | 2008.11.20 Thu 22:00

その人ならではの心を・・・

 現在の「自分を知るための研鑽会」の主意は、本来の本当の自分を知る前の先ず「現状の自分を知る」課程。
 それは、「自分が見ているもの」「自分が聞いていること」というのは「自分の頭の中のこと」を指しているという自覚。事実だとしている見聞きした情報、体験や記憶も「自分の頭の中のこと」という自覚。
 そういう「自覚の無さ」と「我執といわれるもの」との関係が深いと思う。(我執という言葉は使わないけど)
 ・・・で、「自分を知らない自分を知るための研鑚会」という内容になってきてると思うんだけど・・・。
 それをやってきて、それでも自分の思いや妄想が強くて、人と共にする話し合い研鑽では仲々自分を冷静に観察するに至らない人などもあり、そこに重点をおいた「自分を知るための内観コース」を設けてみると、当初の予想を遥かに超えて、自己研鑽の深奥に迫る画期的な効果が上がってきました。

 このような経過をふまえて、その人がもっと的確に自分のポイントを自覚して、効果的に自分を知る研鑽が進むように、個別対応のプログラムというか、そういうものの必要性が浮上してきた。
 そこで、研鑽ライフセンターの研鑽会スタッフや研鑽科学研究所のメンバーで、一人一人の育ちや経歴や体験などを分析して、その人の心理面・精神面を把握して、アドバイスやコンサルトする機関を設けようと進んできました。
 それが 心の正常・健康化を専門的に担う機関(センター)です。

 表面的な言動でなく、そういう言動やその元の心理状態に至る、その人の内面に形成された心の状態を把握して、当人と共に研鑽して、他に真似のできない、その人ならではの心を育て発揮していこうとするものです。

Category: < つれづれ > | 2008.11.12 Wed 21:00

書かなきゃ 書きたい 書こうかな!

 「研鑽コミュニティ」や「研鑽ライフセンター」のホームページやパンフレットは、概要を現象的に知らせるためのもので、これは今後ますます活発に積極的にやっていくことだが、研究や実験に基づく実態が出来てきても、「このような活動をやっています」との表現だけでは、「そういう活動をやっているのか」と現象的に受け取られ易いと思う。
 今後の人のためにも、現象面の形や活動だけが残って、引き継がれて行ったとしても、「根底の確立しないものは、必ずや脆く崩壊することは必然であります。」という感じがするしね。
 「研鑽コミュニティとはどういうものか」「研鑽ライフセンターという機関をなぜ組織しているか」等々、その拠って立つ理念や方法を論理的に解説する必要があると思っています。
 研鑽ライフセンター、研鑽コミュニティ、カンパニーや研鑽生活体について、周囲および後代の人たちへ広く世に紹介するための解説を作ろうと思います。
 今の力量で、どの程度のことが出来るか分かりませんが、人間について、社会について、これまでの研究や実験の内容をまとめて発表していきたいです。
1 あらわれたもの と そのもの
2 社会観の元となる人間観
3 人をベースにした社会
4 人の自由 社会の自由
 先ずは、このような構成を考えています。タイトルは「社会を研鑽する」というのはどうだろう。(1995年の「宗教を研鑽する」を思い出した)
 続いて、研鑽科学サロンで、小野さん真保さん担当の
1 人間の考えとはどういうものか
2 事実・実際とは どういうものか
3 人間にとって、なぜ研鑽が必要か
4 人間にとって、なぜ研鑽会が必要か
 これらを一つの解説にまとめて発表できないかと考えています。こちらは「人間を研鑽する」ということになるでしょうか。
 他にも、まだまだたくさんの課題があり解説したものがいっぱいあります。
・研鑽ライフセンターで実施されている各コースについての解説
・as one companyの構成や会社経営の考え方
・研鑽コミュミティの各サポート活動の方向性
・研鑽生活の実現~研鑽社会化についての解説
 などなど、今後も研鑽科学サロンで発表しながら、私たち自身の中で明確になった分、解説が出せると思います。
 書くぞー!と言いたいけど、さて、できるかなー。



(1960.8 第2回理念研より)
 理念の方は急がずに、ハッキリ解説できるものをやりたいね。

 ともかく、よその世界を感じるものね。唯物論、観念論をどちらも振りかざしている間はね。両方身のうちで一つのもの。これを徹底的に各自が先ず第一頭の中へ入れ込んでしまうこと、そこから両方の論者に判り易い解説文が出来てくると思うがね。この広さ重大さというかこの仕事の価値考えて見るとね。自分達の今日の少数の人達がどんなに大きな仕事していたかということになるやろ。学界でも思想界でも仲々解決出来なんだことを。処が簡単なことや。難しい事あらへんのにそういう事やってる人達が難しくしているのやろ。人間てどういうものかと、議論が人間でないので、議論に立脚せんでも人間に立脚すればよいので、簡単すぎる位簡単なの。

今のうちに目指しているものこれだというのを物象面でも実証していくのと、理念の上でも解説できるようにしていくのも急ぐように思うし、おこがましいか知れんが、世間知らずかも知れんが、他にないように思うが。

それから抜き出して系統立った解説文章できると思う。理念の方だから現象に当てはめると、これかこれかと分かると思う。根だけ見てたらどんな花が咲くか分からんと思う。小出しにするようだけれど、一つ一つ固めていかんとね。ずっと連続でいきたいと思うが、他に急ぐこともあるしね。これ一つだけ深まったら、それだけででもどこへでも行けると思う。



(1960.10 第6回理念研より)
T  突っ込んでこられたとき理で解明できていく人間も必要だと思う。理だけでは何もならんというのでなく、徹底的に理を究明するのも急ぐと思う。
K  何ぼ発展してもある一点で理念を追及されて「分かりません」といったようなことでは、拡がったら又他から責められることもあろうし、理念研鑽は急務だ。
M  運動そのものも大体のことを把握してやらんならんので一応の持ってく方向をハッキリして、方法もそこから出て来る。
K  そして僕等の方法で広げたケツを理念で拭いて欲しい。
山岸 ほかでは出来かけたが、ここはあそこまで出来たが、他から宗教と見ようがここ自体が研鑽でいくのが本当よ。宗教であっては全然逆よ、みなが一体で検べて考えてみなが一体で作りあげていくのが大事よ。処がそれに対して宗教化していると聞いたら、そうとられるにはあく迄謙虚に聴く必要あると同時にここを検べて理念を担当する人が解説者として調べてみようでないと-。
K  まあ理念研がしっかりしてくれてるから僕等の運動が出来るとの安心感ある。どんどんぶち当たっていける。これがあるのでゆうべ「僕等一体どうしたらよいんだ」となると足がいかん。これは正しい態度と思わんが、それが出て来る。
山岸 発足間もない事やから無我一体研鑽でやっていこうとする今日のここの状態だと解説者の方からあったら良い。ここの方がどうか分らんが「出発間もないのでこんなにやっていますよ」でよいと思う。又あんた方は私等の紹介者だからこの通りで見るべきものもないが、「理念の解説は別の人がやっている」と。そこで「僕たちは理念は浅い程度だからともっと高度にやってる人ある」としたら「その人出せ」と云ったら、こういう順序でやってもらったら良い。理念研もABCと段階別に「私等はCですから」と解説不充分でも相手も納得するし、先に目安入れておくとよいと思う。あく迄ここ検べていかんと人の批判より先に、ここ自体検べてみたら良い。理念は理念として人の批評にどうもっていくかは別の立場で、ここ自体は一体理念研は好ましいか好ましくないのか、先これを確認してからでないと。ここ自体が自分の考えで主張するでなしに、自分の考えを出してみんなで考えて見るのでないと、それが又ここへ反映していく。ただ右へ並べと解釈したらこれも間違い。
K  M ともいってるが、僕等はセールス、チンドン屋やと思ってる。
山岸 その方がよい。他の理念がどうかとかに触れんような方がよい。一つ一つ片付けていこうかい。

Category: < 社 会 理 > | 2008.11.01 Sat 17:00

2008.10 社会を知るための研鑽会より

「人の成り立ち」について  周囲環境との関連
「人間観」と「人に対する心の状態」
「人」と「人の心」  「自分」と「自分の心」

「心の状態」 考えや行為は理知的にしていけるが、心の状態はどんなか?
(操作できないもの)
満たされない(無意識の)心の状態を(無意識に)満たそうとしている
意志 思考 意欲 熱意 などとは異なるもの 「元の心」
考えやあり方・外見に心を合わせることはできない
心に合うようにしか生きられない (人の本体は心)
育ちや体験により・・・屈折 歪み 荒み 欠陥 等のある心の状態
心の状態をそのままにして前に進もうとしても無理がかかる続かない(不相応)
先ず、その人の心の状態を見る
理想に向かおうとしても、理想に向かえるような心(純粋)でないと続かない。
(自分が良いと思うことをやらないと満たされない)
正しい心の状態について  正しい人の状態について

心の問題を観念の問題として扱っていることからくる弊害
心の状態を見て判定 見れないと判定できない
心が変わる人か変わらない人か
観念や感情は自覚し易いが、心の状態は自分では捉え難い
“人と共にの心の人”かどうか
「社会」と「人の心」の関係

傷ついて自立できない心のケアや、幅って他を侵す心のフォローは大切だが、それが本題ではなく、それが万全なら良しではなく、真の人間向きの社会
    現象面
     ↑
    観念他諸要素
     ↑
    心の状態(人間観等)正常・異常(屈折 歪曲 荒廃・・・)
     ↑
    本来の心

怒り 疑い 憎しみ 恨み 等の種が内在する心の状態(優越劣等感 対立心 卑屈)
診(心)察 診(心)療 検診(心)・・・研鑽心のクリニック
観念の正常化や周囲環境諸要素も重要だが、それも心を正常にするためのもの
元の心と表面的な心 (心を重視していても殆ど表面的な心を扱っている)
心の状態に重点をおく・・・機構 制度 運営
心の状態に適応する・・・機構 制度 運営
心を正常にする・・・機構 制度 運営


日常の社会生活の運営で、心の状態に重点をおいた考え方をハッキリ表明して、より多く知ってもらう
各自それぞれが主体の暮らしがあり、その上の社会組織
・・・社会を組織して何をやろうとしているか、どんな社会をやろうとしているか
意識ではなく、運営する人の心がどこにあるか
常に心に主眼をおく人を養成 → 面談する人 → 面談の質へ
心の健康センター(一人一人の心の健康を最優先にする)
本質的なものに重点をおく社会  真実の世界

一喜一憂・・・心を重視しているつもりでも自分の価値観主導
人間にとって何が肝心か、それが薄い、肝心なものを検討・・・それが研鑽会
     (だから研鑽会が実現できない)
人間の本質 人間の質 本当にそこに関心があるのか 先ず自分の心の状態
日常の暮らしの中で、具体的に一人一人の人間性についての話題 検討
・・・育ちあう焦点など研鑽になっていく
組織 会社 社会 を具体的に考えられる人 ←→ 自分自身を考える人
真の人間の心の状態から見ると、程遠い実状だが、真なるものを知ることにより方向がでてくる
今日の凡ゆる活動が出来たものでなく、その方向へのキッカケになれば、という程度のもの
現状の価値観で良いと思うことをやっていても、その線はでてこない
<具現方式の根本理念>
 仕事 作業 生産 商い 暮らし 家事 子育て ・・・その営みそのもので人(心)が正常になる(幸福になる)
 (そのことをやっていては正常にならないからとその場を離れて他へ行って正常になろうとする行き方は 未だし と思う)
凡ゆる物事を最大に役立たせ真にその価値を生かす社会、凡ての営み 即 その人の幸福具現生活

Category: < 研鑽の理 > | 2008.10.16 Thu 07:38

「あらわれたもの」と「そのもの」

第9回 研鑽科学サロン

今回、開催お知らせの直前まで「どんなタイトルにしようか」と、小野さんとやりとりしてました。
「現象」という言葉、「本質」という言葉、「理」「無現象」という言葉、など使ってもいいけど、そうすると余計に言葉に捉われてしまいそうな感じがして、できるだけ平易で聞き流せるような言葉・表現でと思い、このタイトルになりました。

そんなこんなで、先ず「言葉について」というところから入ってみました。
どんな言葉を使ってもいいけど、言葉での議論は溶け合わなくてキリがないよね。
言葉ではなく、本題はその云わんとするところね。

Category: < 世界革命 > | 2008.10.03 Fri 23:00

社会実現の兆し

山岸さんは「(我執をなくすの)そういう社会ができたら早いのやけどなぁと言ってたとのこと。

誰もが研鑽機会に触れて、我執がなくなり自分を知り人生を知る研鑽を志向するのは望ましいと云えるが、その元となる、頑固が急激になくなり真実を知っていける機構・制度や社会気風・環境というものがあるのではないだろうか。

禁欲 努力 修行などして無我の境地に達しようする方法と比べれば、研鑽会は実に容易で万人向けの画期的な方法と云えるが、研鑽会を会得してその道に乗った人たちから滲み出る活動行為は、寄れば寄るほど社会気風を醸成して周囲の人に齎していくだろう。
自分を知り人生を知ることの重大さを知る人たちの活動行為は、金銭物資を貯えたり事柄を進めることに捉われないで、本質的なものに重点をおく活動行為となって現われる。当然、権利も義務もない、人の上下も命令もない、契約や責任も要らない、人と人との成り立ち。
その地に暮らし、その職場に就くことによって、自ずとそこの空気を吸い、価値観や重点をおくところが変わってくる。
各々真実の自分を知り、それぞれが真実の生き方の出来る社会
ここに書かれてある 真実の世界 とは、
      各々真実の自分を知ることのできる「社会」
      それぞれが真実の生き方のできる「社会」

      ・・・と云えるのではないだろうか。
まだまだ、機構や制度まで確立されているとは云えないが、
自分を知り人生を知ることに重点をおく人たちによって、
自分を知り人生を知ることに重点をおく社会が実現しつつあると思う。


一人でも多くの人々に、ここ鈴鹿の地に住み、研鑽コミュニティで共に暮らすことを推奨する所以である。
吾が子等や次代を担う青年たちに、as one companyの職場で共に働くことを推奨する所以である。

Category: < 社 会 理 > | 2008.09.30 Tue 22:00

委し合える(人たちの)社会

ここでいう「委し合い」とは、誰々さんが係だからとか、そういう仕組みになっているからとか、委すのが正しいあり方だからとか、ではなく、心の底から委したい委し合っていこうとする状態。
    (自分のことは自分で守らねばと思うと委せられない)
    (不審や警戒心があると委せられない)
    (人に渡したら自由にできないと思うと委せられない)
・意欲的に研鑽生活を志し、正しく生きようとしているが、自分のことは自分でやるものだとして、人に委す意識の殆どない人もいる。
・研鑽生活とか正しい生き方とかには無頓着でも、何でも人に相談し委し合って暮らしている人もいる。

これらは、そのひと個人の問題というより、その人がどんな社会に住んでいるかということだと思う。
心の底から「任したい」「委ねたい」「託したい」、そう思える人間関係・社会環境か、どうかだと思う。
いくら「委し合うのが本当だ」「委し合いでやっていこう」としても、委し委される 豊かさ 自由さ 安心の実感がなければ、心からの委し合いは実現しない。
形だけの「委し合い」には義務感や窮屈感が伴い、不信感や監視意識が内在するだろう。

自分自身のこと、夫婦親子など家族のこと、住まいや仕事のこと、収入支出貯蓄など生活経済のこと、凡ゆることを委して暮らし、委されて活動する自由で豊かな社会。
個々に持ち囲わなくていい、人と人が溶け合って暮らす、無所有一体研鑽社会
      ↑↑↑
凡ての事柄を心の底から委し委される人たち
      ↑↑↑
人と人との理解が深まり、表層の言動よりも互いの気持ち心情に重点をおき、情が通い合う
      ↑↑↑
どんなことでも打ち明けられる、相談し合って考えていける話し合いの機関
これを現実に具体化する具現方式としての「ホームサポート面談」「ワークサポート面談」「スタディサポート面談」という位置付けはどうだろう。
そして、研鑽コミュニティ、as one company、研鑽ライフセンターは、この具現方式を実践する社会活動体である、という位置付けはどうだろう。

Category: < 社 会 理 > | 2008.09.24 Wed 15:00

金の要らない(人たちの)社会

「金が要らない」ということは、金に無頓着だとか、金に無欲だということではない。

既成社会で金の要る人の観念
・自分の生活費に見合った収入を得ようとする
・自分の収入に見合った生活をしようとする
・自分の生活費が下がれば、収入が少なくてもいい
・自分の収入が増えれば、生活費が多くなってもいい

金の要らない人の観念
・仕事の効率を高め収益を増やせば、社会的にお金も物も豊富にできる
・生活の合理化をはかり支出を減らせば、社会全体にゆとりができる

自分が安心して楽に豊かに暮らすには、社会を豊かにするのが一番
こんな簡単な原理、誰でも理解できるはず
この原理を会得した人たちによって金の要らない社会が始まる
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