研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 世界革命 > ――
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Category: < 世界革命 > | 2006.01.15 Sun 10:20

メモ



Category: < 世界革命 > | 2005.12.31 Sat 10:13

研鑚セミナー


鈴鹿に来た頃からあった「特講やりたい」との念い。初めての人に研鑚機会を・・・。
2005年 幸福研に新たな人が参加し、ますます、その必要性を感じ・・・。
九州からも来てもらい、研究会などの交流を・・・。
初めての人から予科課程に参加申し込みがあり、
息子や娘たちに是非研鑽機会を贈りたい・・・。
いよいよ、と云うか、遅ればせながら、と云うか、研鑽セミナー開催。

白川さん隆杉さん恩田三由紀さん、研鑽を知らせ伝えて、研鑽生活の入り口へのスタッフ・・・。
教えたり、知識や観念的になるのなら、逆効果、やらない方がまし・・・。
交代で誰もが研鑽のセミナーをやれるように・・・
研鑽セミナーをやってみると、自分が分かる・・・。
自分は、スタッフやるか、合宿研に参加するか、セミナーを受講するか・・・。

3月以降の開催には、もっと参加者が集まりそう。
ヤマギシの学園で特講うけた人も、研鑽セミナーへ・・・。
長年、研鑽会に参加している大人も、研鑽セミナーへ・・・。
転換したり、放せたり、スッキリしたり、明るくなったり、・・・・そういうのを目的としない研鑽セミナーへ・・・。

人間が火を使うようになり、やがて、科学技術を駆使して、今日の文明があるように。
人間の知能は、研鑽を会得し、人間自身の心の世界を開拓し、真理に即応した営みを実現しようとする。
今までの人間界には、かつてなかった、真の人間性を開花させ、各々の生活の端々に滲み出て、社会気風を醸成する。
研鑽を得た人の暮らしが始まる。研鑽を得た人たちの社会が始まる。研鑽社会気風が広がる・・・。

Category: < 世界革命 > | 2005.12.20 Tue 10:09

Toward as one

先ず 研鑽会を (2000)
 鈴鹿は研鑽会から  研鑽会は鈴鹿から   「鈴鹿」=「一つ」
先ず 一つからの生活 (2001)
 人間生活を出発させるに当たって・・・本当の家族を 生活のベースに。
 一つからの行動・暮らし・仕事・経済・・・「一体生活」
先ず 一つからの経営 (2002)
 一つから仕事する、一つで仕事する・・・職業と職場、持ち味と持ち場、人と場 「適材適所」
 スリーシーサービス 鈴鹿エコサウンド つくしんぼ保育園 さぬき兄弟 ・・・
先ず 自己を知る 正しきを知る (2003)
 生涯学究制 予科課程合宿研鑽会 適性試験科合宿研鑽会  振出寮
先ず 社会システムモデルを (2004)
 人間本来の姿、本当の社会のあり方・・・人間社会科学研究所
先ず 揺るぎない社会から (2005)
 人間生活・人間社会は「一つ」から。 「一つ」は目的ではなくベース。
 揺るぎない人・揺るぎない組織 「as one」
先ず 周囲・後代へ 研鑽 を贈る (2006)
 「 研 鑽 セ ミ ナ ー 」

Category: < 世界革命 > | 2005.12.13 Tue 10:08

as one 序章

目的 揺るぎない真の幸福生活を実現する それぞれが最も生かし合える安定した快適な社会を周囲・後代へ引き継ぐ

最も重要なのは、頭の理解でなく、「目的」が自分のものになっている人、その方向で生きている人たちの結集。

そして、何度でも、何度でも繰り返して、うったえなければならないことは、
人間の本来の姿、社会の本当のあり方、それが根幹、基盤、ベース、出発点であるということ。
心理学にしても社会科学にしても、やはり現状の人間問題、社会問題から出発しているものが多いと思う。過去の歴史事実から、人間や社会を把握しようとしているものが多いと思う。そこから、人間や社会のあり方や方法を考えているように思う。
そのような研究も重要で、今日の人間問題、社会問題の解明や解決も大いに取り組んで欲しいと思う。
それ以上に、人間とはどういうものか、人間社会の本質は何かを見極めることこそ最も重要だと思う。
何よりも先ずそこに全てをかけたいと思うもので、そこをハッキリ検べ見定めながら、
現状の人間や社会から、如何にして、本来の人間へ復帰し、本当の社会を実現するかの方法考案・・・という順序になると思う。
「研鑚コミュニティ」オープニング参照
つづく

付記
執われを無くせばとか、人と仲良く心通わせればとか、持たない放した生き方をすればとか・・・・、それらは大事な要素ではあるが、そうしていれば目的が達成するというものでは決してないと思う。
我執なく仲良くしてたら全人が幸福になるかの如く安易な錯覚・思い込み・信仰があるように思う。
目的を実現するには、目的が実現するようにしていくことだと思う。
全人類に関わる大仕事、精神論や一朝一夕のものではないと思う。
この仕事に本腰でかかれる人たちで、as one の全貌を公開・公表して進みたい。

Category: < 世界革命 > | 2005.12.07 Wed 10:01

続 「鈴鹿」について

なぜ、そんなにまでして研鑽会を・・・ の巻

私たちは「鈴鹿」に住まいを移すより以前に、一番最初に先ず「鈴鹿」に研鑚会場を設けました。
14坪、家賃7万円の貸事務所で。2000年11月「鈴鹿」での初めての研鑽会「実践の書研」が実現した。
2週間の参加費は5000円。持ち寄りの食器や食材、事務所の隅の流し台で煮炊きしながら食事した。
ヤマギシの村から「鈴鹿」の研鑚会場に通いながら・・・。

< 2000年3月 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
社会課程研鑽会が豊里にて始まる。従来のように個人を調べる研鑚だけでなく、「社会を調べる」研鑽会。
実顕地、職場、学園、本庁機構、ヤマギシ会組織、生活調整機関・・・等々が、果たしてヤマギシズムに叶った社会と云えるか、どうか、調べる社会課程研鑽会。
< 2000年8月 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毎月開催の社会課程研鑽会は、豊里でやって欲しくないということで、研鑚学校会場に移る。
< 2000年9月 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
社会課程研鑽会 研鑚学校会場もこの月までとなり、場所探しが始まる。
< 2000年10月 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当時、加賀実顕地にいたYTさんの協力で、片野農場で研鑽会が開催できた。名称は「世界革命実践の書研鑽会」
翌月は阿山実顕地で開催予定だったが、この期間中に「以後ヤマギシの村の中では開催しないように」となったようで、
急遽、研鑚会場探しが始まり、「鈴鹿」に研鑚会場を設けることになった。
< 2000年11月 > ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
貸事務所を借りるには敷金・礼金など、まとまった資金が要るが、当時、参画者の面々では月々1万円の小遣いがあるだけで、とても足りない。
そこで、既に村から街へ出ているメンバーの協力を得て、瞬く間に100万近い資金が集まった。
こうして、冒頭にあげた「鈴鹿」での「実践の書研鑽会」が幕をあけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今、思えば、ヤマギシの中で研鑽会が続けていられたら、今日の「鈴鹿」はなかったかもしれない。
豊里 → 研鑚学校 → 加賀 → 鈴鹿  ・・・・場所を変えるように仕向けてくれたからこそ、今がある。
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新世紀も幕を開けようとする頃・・・、毎月の「実践の書研」に参加した人たちが、本質的なものを見極め、そこに立ち還ろうと、続々 鈴鹿に住まいを移すようになった。
< 2001年 > 「鈴鹿」一体社会の幕開け・・・・・・・・・・・・・・
以後、概略はホームページ http://www.kensan-community.org/ にて

Category: < 世界革命 > | 2005.11.26 Sat 09:52

メモ

原理 心理的方面の解決 と 社会構成の真髄

方法 精神面で真実のあり方を知る 物を豊富にする 社会機構を正しきものに組み建てる

  ・社会 自由・平等

  ・人間 人の幸福・最適 = 心の正常・適材適所
       心の正常~知性育成~人格形成~個性発揮~最適・快適

人間社会・・・自由平等は機構によって・・・
        幸福最適は制度によって・・・
        (心の正常・適材適所)

Category: < 世界革命 > | 2005.11.12 Sat 09:51

文化を育む

【文化】
  人間の生活様式の全体。
  人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。
  世の中が開けて生活内容が高まること。
  精神の働きにより作り出したもの。
  物質的所産は文明とよび、文化と区別される。

自覚~人格~個性~技術~芸術・・・人間性を探るなかで 文化 という話に至った。
  教え押し付け・固定停滞のない文化
  人と人とが隔てなく溶け合った文化
  貯蓄・保険に頼らない、不安・心配のない文化
  金銭による売買・損得勘定ない文化
  弧別核家族・金銭物資基調・自由競争の文化とは対照的なもの。

個の活動を指して文化とは呼ばない。
文化の中から生まれた活動・現象は、その文化の現われ・象徴。
文化を育む・・・・ 社会づくり とは、ちょっとニュアンスが違うかなー。
豊かな文化を育み 児孫に贈るこそ 生き甲斐

Category: < 世界革命 > | 2005.07.21 Thu 08:27

手段と目的

仕事をするのは手段、子育てするのは手段、研鑚会するのは手段、やることなすことが手段。
で、目的は何か。目的があるから・・・をする。目的の為に・・・をする。目的がなければ、やらないだろう。
その目的とは何かというと、言葉では云えても、実態がない。漠然とした曖昧なもの。
やること(手段)は、ハッキリあるのに、目的が曖昧? そんなことあるか? オカシイぞ!!
「この道を行けば確かダ」と云う人が、「で、何処に着くの?」と尋ねられて、「知らん!」と云っているようなもの。

「それはやらなきゃいかん」、「それはやってはいかん」というくらいに、ハッキリ云う人でも、何故か、何故か、何故か、と問うて行くと、何故「やらなきゃいかん」のか、何故「やってはいかん」のか分からんようになる。

目的(そうなること)を願って、やっているのだから、目的のための手段になっている筈だという思いから、やることに一生懸命になれるのだろうか?

そういう思い込みの、おかげ?なのか、やることが目的になって、やることがやれたら、まるで目的を達したかのような喜びや満足感があるらしい。

仕事がうまくやれて良かったね、利益が上がって儲かって良かったね、子どもが育って良かったね、研鑚会が楽しく繁盛して良かったね、・・・・皆それを目的にしている人にとっては、さぞ良いことづくめでしょう。

でも、こちらから、観ると、それがどうしたん?  あーそれからどうした!? というものにすぎない。 何か本当の目的と関係があるのかな?・・・と。

仕事をする人が「仕事するのは目的でない」
子育てする人が「子育てするのは目的でない」
研鑚会する人が「研鑚会するのは目的でない」

などと、云ってたら、さぞかし顰蹙(ひんしゅく)を買うだろうな。常識社会では叩かれるだろうな。

本当の目的を「目的」に置かないと、本当の世界にならない。

Category: < 世界革命 > | 2005.07.05 Tue 08:21

つづく もくてきけんさん

『・・・、そういうことも気づかれて、なるほど、鶏でない、目的は鶏でない、と。』
『・・・やはり飼う人自体が、みんなの幸せ、自分の幸せでなしにみんなの幸せを願って、というそういう、あの気持になって、頭で分かったでなしに、それが実行出来る人になって、それからその次に、・・・』
『世界中の永遠の幸せのために、本当の幸せというのはそういうものだと思うんですが、そのために鶏を飼うんだ、或いは鶏は飼わなくても、そういう社会をつくることが先だ、まず自分がそういう人になって、そういう人がだんだんと、同じ気持の人が寄っていって社会をつくる。まあそこで、・・・』


いやぁー!ホントに迂闊だったね。
何々の為にと思って、何々を良くしようと一生懸命、心を込めてやっている。
それは大切なことで、有意義なことで、間違いではないけれど、
いつのまにか、それが目的の如く勘違いしている。
良い何々にすることは結構だが、・・・なるほど、それではない、目的はそれでない、と。・・・気付いた人、自分の目的を知る人で、何々をやる、そういう人でないと本当は何もやれない。

Category: < 世界革命 > | 2005.06.26 Sun 08:20

キメツケのない社会

人間は観念肥満のためか、どんどんドンカン(鈍感)になっているらしい。
他の動物は、地震を予知して避難するらしい。
台風の進路の変え方とか、勢力の調整とか、そんなに難しくないらしい。
人間の犯罪・暴漢なども、矛先を変えるとか、勢力を調整するとか、できると思う。そしたら、ゆっくりと根本的解決を考えられる。
キメツケが外れると、感性が蘇えり、頭脳も明晰になるだろう。
日々の暮らし、仕事や子育て、組織の仕組みや運営など、頭を使って知恵を巡らせているつもりかもしれないが、もしかすると90%以上キメツケの中で、ほんの10%くらいの枠の中だけで右往左往しているのかもしれない。
キメツケがなくなると、とにかく、どんなことでも考案できる、「そんな無茶な!」というものがない。
山岸さんは、死んだ人を生き返らせられるとか、川の流れを逆にするとか、会の財源は人的に物的に無限大であるとか、言ってたねぇ。台風をなくすことや、クローン人間のことも言ってたらしい。

まあ、とにかく、キメツケのない社会になったら、争いというか、問題というのは無くなるだろうし、そしたら、あとは楽しく面白く人間冥利・幸福生活追究三昧しか、他にすることなくなると思うけど・・・。
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