研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― ・・・の指針? いや出発点だな! ――

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Category: <山岸さんの声など> | 2006.02.19 Sun 10:09

・・・の指針? いや出発点だな!

as one生活体メンバーを志望する人は、常に志を同じくする一人一人を思い、想いうかべて、何があっても誰ともハダハダにならない、自分たり得る人。
決して自分から 心を閉ざしたり 心を隔てたり 心が離れたり しない心の人。
 ---なんでもない、当然すぎること。 この一点さえあればよい。

↓ 山岸さんの声の抜粋です。(1961.5.2 岡山にて)


いちばん元なるものは、その、そう鶏にしても何にしてもやな、技術や経営やないわな。一番元なるものは、元手の要らんやっちゃ、仲良うなるやっちゃ、それがなかったら今度の実顕地養鶏はできない。
気の合うた人ばっかりでやったらええんや、そうやろ。まず仲良うよ、まず仲良うていうやつが、まず仲良うよ、それから、それから、その次が大事やねん、まず仲良う、それから本当に仲良うと、これやねん、・・・・やね。
意見が違うから、ばらばらになるのやったら危ないもんやで。ほんで、一時揺さぶりっちゅうやつね。まず仲良うやって、ああそうやな、そうやなって、仲良いな、こりゃあうまいこといけるなあって、こういう段階では、またことによったらこうなるか分からんね。その揺さぶりが、ちょっと賑やかになったんや。揺さぶっとかな分からへんわね、物があるやとか、ないやらって、こう気の合うたる間は、こういってるんだが、ところが、そのこりゃあ調子が違うなあ、こりゃあ・・違うなあと、こうなった時に、ハダハダになるかやね、そういう時こそなお堅まるかが違うもの。
どんな場合にでも絶対その、離れない、と。そこでこの益々堅まっていく、と、物が無いならば無いで、その反対で物が多なった時も離れない、と、




本当に仲良う、というとこまで行きたいわね、本当に仲良うなるために多少の揺さぶりがあって、そりゃあいろんなことありましたわね、まるで仲悪いみたいに、仲悪うなりたいみたいに、仲良うと言いながら、仲悪うなるみたいな、ことみたいに一時なりましたけども、そうやけど本心は誰でも仲良うなりたいの、本心はね。もう仲間外しにされたら、淋しいて淋しいてかなわんの。それで仲良うなりたいの、みんな仲良うなりたいの。そうやけど本当に仲良うならんとね、もうそりゃあ喧嘩になるのかなわん。
調子のええ時に仲良うてね、そして仲悪うなったといったら立場悪いわ。この宗教でもね、分派ができたらもう一つ仲悪うなる、で早い目にちょっとそうなる前に、仲のええ時にちょっと揺さぶって、仲良う、本当にどんな場合にでも、仲良うなるとこまで、いきたかったね。
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