Category: < 研鑽の理 > | 2005.06.25 Sat 08:18
研鑚について
研鑚は、研究・検討とは異なるもの、あえて「けんさん」という言葉を用いる所以。
④研鑚は、真の科学ともいえるし、真の哲学ともいえる。真の科学的・哲学的要素を欠いては、研鑚とはいえない。
③それから、研鑚する研鑚態度に不可欠な要素は、
自分の思い・考え・感情を混ぜず、そのものをありまま見る・聞く。知識・経験・学説・実績なども全部棚上げする。つまり、真の客観・零位。
②その前に、話し合える自分になること。
①話し合うには、先ず、どんなことでも素直にありのままを聞ける、ということが必要。聞くことが研鑚の出発点だが、あくまで出発点であって、聞けるだけでは研鑚になるものではない。
以上は一つの見方だが、研鑚に至るまでの段階等を自覚する必要がある。
自分は、どの段階か、何を目標にして、何を意識して、どのように暮らしていくか。
④研鑚は、真の科学ともいえるし、真の哲学ともいえる。真の科学的・哲学的要素を欠いては、研鑚とはいえない。
③それから、研鑚する研鑚態度に不可欠な要素は、
自分の思い・考え・感情を混ぜず、そのものをありまま見る・聞く。知識・経験・学説・実績なども全部棚上げする。つまり、真の客観・零位。
②その前に、話し合える自分になること。
①話し合うには、先ず、どんなことでも素直にありのままを聞ける、ということが必要。聞くことが研鑚の出発点だが、あくまで出発点であって、聞けるだけでは研鑚になるものではない。
以上は一つの見方だが、研鑚に至るまでの段階等を自覚する必要がある。
自分は、どの段階か、何を目標にして、何を意識して、どのように暮らしていくか。