研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 一 幸福研鑽会 5.命令者は居ない ――

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Category: ヤマギシズム社会の実態 > 第二章 構成 | 2003.11.02 Sun 23:49

一 幸福研鑽会 5.命令者は居ない

5.命令者は居ない

 特別人間や、神や、仏は仲間入りして居ませんから、或る人を盲信し、屈従迎合しない事で、偉い人のお説教を聞くのではなくて、お互いの持っているものを出し合って、自分達で共によく検討し、一致点を見出し、実行に移すのです。提案はしますが、個人の意志により命令する者は居ないのです。人間の知能を持ち寄れば、神や、仏とやら云う仮名象徴態や、絶対者がなく共、人生を真の幸福にすることが出来ます。
 人間のうちにも、特に秀でた知能を持っている人もありましょうが、それもその人個人が築いたものでなく、幾代かの人間の因子の離合と、環境を与えた人達の集積の露面に過ぎず、その人のみが偉いのでなく、人類の知能の高さを示すものです。
 過去の人達が積み上げて出来たものを、自己の代で停滞・消滅ささずに、次代の繁栄・前進への素材として、よりよきものに練り固め、周囲及び後代へ引き継ぐ事こそ生きがいと云うべきです。自分一人で大きくなったように、威張ったり、自慢したり、人に命令したりせず、現在以後の人々のために、最大効果的に役立たすことを研鑽するのです。これが自分を大きく生かすことにもなります。
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