BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2008/12 ――
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Category: < 精神革命 > | 2008.12.25 Thursday 12:00

自分たちでやろうとする人によって

ブラジルからホメウさんが来ていて、今月の「自分を知るための研鑽会」「人生を知るための研鑽会」に続けて参加した。
「ブラジルで特講やってるけど、ゼロから見直したい。準備研とかやってるが、それより、やってる人たちが、まず“自分を知る”ことが先だ」と。
そして、早速ブラジルにいるケンジさんとも連絡を取り合って、ブラジルで「自分を知るための研鑽会」「人生を知るための研鑽会」をやりたい、やろう、どうしたらやれるようになるか」等々、話し合って、考えている。
日本でもブラジルでも同じだと思う。
自分たちで やりたい、やろう とする人が、もっともっと欲しい。

 (音声約1分間 1961/4/2 録音より抜粋)
またそれなれば情勢をつくろう、自分たちでどういうものか検べて、いいなればそういう情勢を作って、そして受け入れてやってみようと、こういうことになれば結構だと思う、一部にとどめておかないで、もっと広範囲に全国的に、そういう希望者があるなれば、その情勢を作ってもらったら、それからよく検べて、どうすればそれを取り入れてやっていけるか、検べて、検べた上で、自分たちで やれる、やりたい、やろう、とこうなった時に、やってもらったら結構だと思うんですけどね。各自の意志によって。

Category: < 研鑽の理 > | 2008.12.21 Sunday 08:26

「あらわれたもの」 と 「そのもの」

 例えば、ホコリやゴミが付いたカップを見ると、「汚いカップだな」と見える。
 このことを調べてみると、「汚い」というのは、ホコリやゴミを見てのことで、ホコリやゴミがなければ、「汚いカップ」とは見えない。
 「汚いカップ」というのは、主体が「カップ」にあって、「カップ」のことを指して、そう言っているようだが、その実は、ホコリやゴミのことを指しているのではないだろうか。つまり、「カップ」が「汚い」のではなく、ホコリやゴミを「汚い」と見ているのだろう。「汚いカップ」と見えるのが、間違いだとか、おかしいということではなく、実際は、ゴミやホコリを「汚い」と見ているのに、意識の上では「カップ」を見ているつもりではないだろうか。
 ここでいう「あらわれたもの」とは、この「汚いカップ」の例ように、日常見たり聞いたり触れたりして、「認識して捉えているもの」とも云えるだろう。
 「そのもの」とは、この例でいうと「カップそのもの」とも云える。いくら、ホコリやゴミが付いていても「カップそのもの」は汚いものではないだろう。
 この章では、「あらわれたもの」と「そのもの」ということについて、
1.言葉 と そのもの
2.物象・事象 と そのもの
3.あらわれたもの と その人
以上の3部に分けて述べてみようと思う。
「あらわれたもの」と「そのもの」 序文より抜粋

Category: < 人 間 理 > | 2008.12.09 Tuesday 09:00

人生を研鑽する

研鑽人間学シリーズ
人生を研鑽する
どこまでも冷静客観して人間を分析把握して、人間本来の人生を見究めようとするもので、自己啓発や自分を高めるためではないので、自己の生き方や生き甲斐を求めすぎると、観察が曇る。
1.人生とは
    人の一生の範囲
    生きているとはどういうことか
    生きている肉体
    生きている精神
2.自分を知る
    自分には何があるか
    自分は何でできているか
    自分はどのようにしてできたか
    自分の中のものと、周囲のものとの反応
    ・・・思考、感情、言動などについて
3.その人 受けたもの 現象化
    人を構成している要素
    受けたものによって形成された肉体(健康状態)
    受けたものによって形成された精神面(心の状態)
    周囲の刺激との反応、そこから現象化
    ・・・現象化したものは、その人そのものではない
    受けたものによって形成されたものは、その人そのものではない
    ・・・刻々と変化しつづけている
4.人は何を糧にして生きているのだろう
    物質的な糧・・・空気・水・日光・食糧・・・
    精神的な糧・・・個々に異なる心の糧・・・・・・・・・・
    人とは何か、何によって生きているか、何を見てその人としているか
5.正常健康に生き続けようとする本来性
    生涯一瞬も休まず作用している生きる力
    肉体が病むのは後天的なもの
    精神が病むのは後天的なもの
    種々の観念で目隠しされ、正常健康(真実)を諦めている。
6.生来の安心 豊かさ 明るさ
    人生の始まり(ゼロの状態)から具わっている
    無いものはない 足らないものはない
    知る知能がある、知能は育つ
    自分を知る人生 (自分の成り立ちを知る、自分のいる世界を知る)
    受けているもの・受けてきたものを知る豊かさ、知る明るさ
    ・・・歳を経るにつれて、ますます安心、明るく、豊かに・・・
7.人として生きる 即ち 人生
    人に育てられて人になる(他の動物や機械では人にならない)
    人から受けるもの、周囲社会から受けるものによって人になる
    親から受けたように子へ注ぐ
    社会前代から受けたように周囲後代へ注ぐ
    受けた知能を育み、自分を知る
    ・・・自分を生み育てた世界(社会)・人を愛する
    ・・・自己の持てるものを注ぎ発揮する喜び  生涯かけての仕事



     ↓↓人生の扉(YouTube)
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