BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2008/02 ――
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Category: < 研鑽の理 > | 2008.02.26 Tuesday 12:00

(2008.2.23) 発表内容の骨子

調べる・科学する・研鑽する
人とはどういうものか、社会とはどういうものか、を純粋客観で調べようとする。「本当はどうか」「事実・実際はどうか」
問題・間違いがあるから研鑽する ⇒ 問題・間違いと思うものがなくなれば研鑽しない ⇒ 研鑽というものをそう捉えている ⇒ いつまでたっても、そのものを科学する研鑽が始まらない
解消したと思えたら(良くなれば)、良いとする・・・自己盲信・宗教・覚せい剤・幸福感
悩み・苦しみ・争い・間違い・問題を前提にした人間学・社会学は、科学とは言えない。
宇宙科学・物質科学・・・宇宙や物質に問題があるから科学する訳ではないだろう。
人や社会に対する問題視(主観)を持っていては、研鑽科学は始まらない。


欲求 〜 意志 〜 感情 などについて
脳の働きによって現われるものだが、周囲・環境から受けたものによって形成された観念の影響が大きい。
目標・やりがい・生きがいを持って、
やりたい(欲求)、やろう(意志)、やった・やれた喜び・満足(感情)
こんな仕事をやりたい、掲げた目標をやろう、願いが叶って嬉しい
欲求〜〜感情などは自分の中から出る自然なものと見てしまいがち。
殆どが周囲から受けた(植え付けられた)観念によるもの。
他の人が嫌がるような欲求・意志・感情という場合もあるだろうが、
その人そのものが悪い訳ではなく、受けたものによって、そのような欲求・意志・感情が湧く観念になっているのだろう。
良い大学に入りたい、競争に勝ちたい、出世したい、音楽家になりたい、お金持ちになりたい、人を倒したい、死にたい・・・・
その人そのものの欲求と云えるだろうか? 意志や感情についても・・・。


調教された動物
人間の指示で動くサーカスの動物・介助犬・警察犬など 自身の意志からの行動とは云えないだろう。
人間の指示通りに動くのを「賢い」とか「偉い」と見る。
よく躾けられた子供がおとなの言うことをよく聞くのを「賢い」とか「偉い」と見る。子供自身の意志からの行動と云えるだろうか。
法を忠実に守って、真面目によく働く人を「良い人」「立派な人」と見る。
「アメとムチで芸をしこまれた動物」に似ている
規則・賞罰・評価・金銭・報酬・道徳などで動く人間、いやいやではなく積極的にこれらを使いこなして生きている。「よく調教された人間」
自分で考えて自分の意志で動いているつもり。
決められたことをやれない動物・人よりも、決められた通りにやる動物・人を「賢い」とか「偉い」と見る・・・今の世の中の人間観


やらせる・やめさせる
野生の動物や人間の赤ちゃんなど、やらせたりやめさせたりできない。
調教した動物、分別を教えた人間は、やらせたりやめさせたりできる。
やらせたりやめさせたりできるのを知能が高いと云っているのだろうか。
命令や「飴と鞭」の賞罰、規則・罰則は一方だけでは成立しない。
つまり、命令する・命令される、罰する・罰せられるという共通観念が必要。
野生動物や赤ちゃんには命令される・罰せられる観念がないから効き目がない成立しない。
やらせるやめさせるが当り前になっている今の人間界。
それができるように・・・教育制度は人間調教のようなもの。
リモートコントロールのロボットのような回路を、人間の頭の中に埋め込み、報酬・賞罰・道徳・規則・命令などで、人を操作できるように調教している。


自由欲求 自由意志 の領域へ

Category: < つれづれ > | 2008.02.04 Monday 22:00

明日に生きたい

「今を生きる」とか「今に生きる」というフレーズを好む人がいるけど、僕はどちらかというと嫌いだな。
難病などで、あと数ヶ月の命という人の言葉なら分かる気もする。

「先を大事にする」のか、「今を大事にする」のか、と問えば、多くの人が「今を大事にする」と言いそうだ。
僕は「先を大事にする」
「先を大事にする人の今」と「今を大事にする人の今」とは、同じ「今」でも全然違ってくる。
願いや念いを抱いて、今を生きていると、願いや念いに向かっていると勘違いし易い。それは自己満足の幻想だと思う。

実現すべくハッキリとした将来を画いている人は、そのために今、何をやるかが具体的に現実的になってくる。「願ってやる」という程度の甘いもんじゃない。
「先を大事にしない人」は目前のやることに拘泥している。今やることを大事にしている。「何をやっているんだろう?」
「人に聞いてやる」タイプの人は、みんなこれだな。

「先を大事にする人」というのは、実現すべく将来のことを自分の頭で考えている人。
このように進めたい、これを実現したい、その為には今ここをやろう、となる。

自分には本当に実現したい将来があるのか、自問してみたらいい。
そして、実現したい将来があるなら、そのために自分はどうするかを自分で決めて実行すればいい。


今人並以上苦労しても、孫子の代も沢山の人が楽になるようにと、先の大きな楽しみに生きられる人々が相寄って相談し、一時は裸になっても、借金してでも、何処かの一角から、後で度々改修しなくてよい立派な道路と、交通整理係も要らない道標を創り、乗り物も用意し、これならいけると、誰でも共鳴して協力されるキッカケを、・・・・第二章 構成 四 要約

 今日の問題に忙殺されている中にも、明日の破綻を防ぎ、光彩輝く将来を画策・施工して置く事で、今日は苦しく共、むしろそれに総てを賭ける方が、賢明だと信じています。

私はこの真理を確信しますが故に、同じ考え方の人々と共に、明日の楽しみに生きて居るつもりですが、・・・・二 本旨 心あらば愛児に楽園を 1.源泉の涵養

Category: < 社 会 理 > | 2008.02.04 Monday 08:00

自分を知るための社会愛

自分を知るには、自分を知るための社会
人間を知るには、人間を知るための社会
人生を知るには、人生を知るための社会
目的を知るには、目的を知るための社会

本当に自分を知るには、自分だけでやろうとしてもできない、本当に自分を知ろうとする人たちで、自分を知るための社会を作ろうじゃないか。
先ず、自分が、本当に自分を知ろうとする人に成って、そういう人が寄って、そういう社会を作る。
自分を知りたいから、自分を知ろう知ろう、そうではなくて・・・、

自分を知るためには、先ず、そういう社会を作ることが先だ。そう得心した人たちの気持ちの現われ。
社会を作るとは何か事柄をやることでもない。

そういう社会にしよう、そういう社会を作ろうとする人の結束・気持ちの現われ、生活行動・社会活動・・・。
社会の必要性を会得し、そういう社会を大切に育てようという気持ちの人。

社会に育てられ、社会を育てようとする、
社会愛から産まれた社会、
社会を愛する喜びで営まれる社会。
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