BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2007/10 ――
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Category: マイプロフィール | 2007.10.21 Sunday 18:39

8年ぶりの K さん

「K さんが鈴鹿に来る機会に話をしたい」と恩田さんから聞いて、じっくり話ができそうだなと思って、楽しみにしてた。

K さんとなら、まとめて喋ることが出来そうな気がして、ふだんはそういう機会はあまりないし、小野さんからボイスレコーダ付きのMP3プレーヤーを借りて録音することができました。

8年間休止のような状態だという K さんですが、素朴かつ純粋な疑問、核心をついた的確な質問を、順序だててしてくれたおかげで、中身のある充実した時をすごすことができました。

ヤマギシでやってきたことに関する見解、鈴鹿に至るまでの経過、組織論・組織観・社会観・・・、鈴鹿での試みと研究で解明されてきたこと等々、2時間足らずですが、とても楽しい対談? でした。

(10月21日 9:00〜11:00 鈴鹿ハイツの研鑚会場にて)

私の発言の一部です。← クリックして聞いて下さい。

K さんからの「公表しないでほしい」との意向もあり、また僕自身あまり公表しない方がいいと思う事を多く喋っているので、一部を抜粋してみました。
これからも、今回のような、冷静な検討と真摯な質疑応答の場が持たれることを、とても楽しみにしています。2007.11.1

Category: < 研鑽の理 > | 2007.10.12 Friday 03:00

研鑽とは

2009.5.19 研鑽とは を参照して下さい。

「研鑚」とは「キメツケのない考え方」である。ということを理解して頂くために、先ず「キメツケ」とは、どういうことかを解説してみます。

「決めたこと」 と 「キメツケ」
 人と人が暮らしていくために便宜上、物事を「決める」ことは多々あるが、そこに「キメツケ」があると、「決めたことを守るのが正しい」となる。法律・規則・契約・常識・道徳など、今の人間社会は「キメツケ」をベースに営まれているといっても過言ではない。

「記憶や記録・知識など」 と 「キメツケ」
 これらは、過去の行為の跡で人間が遺したものだから、事実そのものではない筈だが、そこに「キメツケ」があると「記憶や記録・知識など」にあることは事実だとしてしまう。

「意見や主義主張」 と 「キメツケ」
 これらは、「私はこう思う、こう考える」ということだが、そこに「キメツケ」があると、自分の意見や主義主張と異なるものは、受け入れなかったり、対抗したりする。


以上、3つに分類してみた。
要約すると、「決めたこと」「記憶や記録・知識など」「意見や主義主張」を基準にして、真偽や善悪を裁こうとするのは「キメツケ」があるからだと思う。

「人の物を無断で取るのは悪いことだ」とするのは、「人の物は無断で取るべきではない」という人間が決めたことを守るのが正しいと「キメツケ」ているからだろう。
報道や学説と異なることを言う人を「間違っている」とするのも、報道や学説が正しいとしているからではないだろうか。
自分の身に覚えのないことを事実のように言う人を「おかしい」とするのも、自分の記憶は正しいとしているからではないだろうか。

「キメツケ」のない考え方
 正しいかどうかは、法律や常識や道徳に沿っているかどうかではない。学説と合致しているかどうかでもない。多くの人が正しいと判定するかどうかでもない。
 「正しいかどうか」は、「正しいかどうか」である。
 事実かどうかは、記憶や体験や記録と合致しているかどうかではない。録音・録画があるかどうか、多くの証人がいるかどうかでもない。
 「事実かどうか」は、「事実かどうか」である。
 
 物差しで測ったから間違いないとしないで、物差しそのものも正しいかどうか、調べながら測っていこうとするもの。
 「決めたこと」「記憶や記録」「意見や主張」と合致していても、そのものが間違っているかもしれないから、「合致しているから良い」「合致していないから間違いだ」と決めないで、本当はどうか、正しいかどうか、事実実際はどうか、と調べ続ける考え方。
 研鑚とはキメツケを持たないもの、キメツケのない考え方である。

― 「キメツケのない考え方」の体得・研鑽の実現については別途 ―

2007.05.26 研鑽の実現を
2005.6 キメツケのない社会 etc.

Category: < 一体の理 > | 2007.10.07 Sunday 03:00

ヤマギシズムとは

人と社会の真実 および その実現(戻す革命)の方法
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1) を参照して下さい。

仲 良 し
仲良しは人と人の元々の姿。
仲良くしよう、仲良くなろう、等も要らない。要るとしたら仲良くないから。
仲良くない原因は、持って生まれたものでなく、後天的なもの、人間の考え(自分の考え)。
良いとか、悪いとか、人を裁く考え方で、自分の考えと異なる考えや行動を受け入れられない頑固さ(キメツケの考え)
仲良くない原因(ひっかるもの)を持ったままで、それを取り除こうとしないで、仲良し・協調・平和を実現しようとして、いつまでたっても実現しない、当然の帰結。(かりそめの仲良し)
元々、何もひっかかるものがなければ、会話・協力・接点なくても仲良し。
人類同属である人と人、仲良くない筈がない。
どんな考え・行為の人であろうとも、受け入れない頑固さ(ひっかかるもの)さえなければ、心通い合い仲むつまじく愛し合って暮らせるもの。
自他一体の理


自 由 ・ 平 等
自由・平等は、ありのままの自然な姿であって、あえて獲得するようなものではない。
何もない状態は自由・平等であり、自由・平等でない状態があるとしたら、人間が作り出している。権利・義務・責任・規制・罰則・取り締りなど(束縛・押し付け・悪平等)。
自由・平等という言葉も要らない自然界の上で、更に人間は物を作り出したり移動したりすることによって、他の動物よりも高度な自由・平等を実現する能力がある。
(高度な自由・平等とは、人間が上空を移動できるとか、山間地で海産物を食べられる等々)
それにも関わらず、罰則や人の上下を設けないと安心して暮らせないが如く思い込んでいる今の人の世は、他の動物よりも程度が低いとも云える。
規制・罰則がないと不自由・不平等になるという思い込み観念に気付いて、なぜ不自由・不平等が生じるのか、その原因を取り除いて、元来の自由・平等の上に、昨日より今日、今日より明日へと・・・、人間ならではの高い自由・平等を実現する。
誰が用いてもよい


幸 福  豊 か さ
幸福とは正常・健康な人の姿であり、人間本来の当たり前の状態。
地球上の生物は、地球に適しているのは当然で、正常・健康に生きて当たり前。
(地球上で)人間が幸福に(正常・健康に)生きるのに、努力や苦労が要る筈がない。
人間は人間として人間らしく生きられるように、空気・水・日光・その他の栄養物があり、肉体・精神・知能が活動する。
もしも、不幸や貧しさを感じることがあるとしたら、それには必ず原因があると思う。
健康とは、豊かさとは、幸福とは何かを知り、元来の豊かさ・健康の上に、人間の知恵と力によって、物心共に豊満な快適社会が実現する。
お互いを生かし合う世界


2006.12.22 子ども達に伝えたい
2005.09.20 心の世界
2005.07.09 一体生活調整機関
2005.07.08 こころのせかい

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