BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2006/12 ――
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Category: < 具現方式 > | 2006.12.26 Tuesday 09:00

研鑽科学研究所

人間理研究に基づく「研鑽ライフセンター」

社会理研究に基づく「研鑽社会化活動」

人間理研究部
 人間の本質、正常・健康な人間像を解明し、
 その要素を分析・抽出し、実現・具体化し得る方法を考案し、
 研鑽ライフセンターという機関を組織して、実施しています。
 人種・文化の違いを超えて、老若男女すべての人を対象に、
 従来の教育制度のようなものとは異なり、生涯を通して自分を研き高める人生を理想としています。

社会理研究部
 「政治・経済・家庭生活」の元となる「社会機構や制度」
 その元となる「人間社会そのものの捉え方」 つまり「社会観」
 「社会観」のベースは「人間観」
 「人間観・社会観」に基づく「幸福な社会像」   
 自分を知り、人生を知り、社会を知り、各人の中に培われる社会観。
 それが顕在化した社会生活を、研鑽社会化活動と呼んでいます。
 元来、人間が持っているであろう崇高な本能が求める、永遠に繁栄する幸福社会を実現しようとの生活行動が日常化した暮らし。
 家庭生活、学問・芸術、政治・経済、機構・制度の考案や運営など、凡ゆる生活行動が、その目的に集注し、一致協力して仲良く前進する 研鑽社会システム を目指しています。

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Category: < 具現方式 > | 2006.12.26 Tuesday 08:00

名称 ・ 呼称

研鑽社会システム kensan Social System

 「研鑽科学研究所」 ← 「人間社会科学研究所」

 「研鑽ライフセンター」(生涯研鑽生活制度) ← 「生涯学究制」

 「研鑽社会化活動」 ← 「as one社会システム」 ← 「as one社会活動体」

Category: <山岸さんの声など> | 2006.12.23 Saturday 11:37

この目的のために、このあり方で・・・

録音を聞くには、文章をクリックして下さい。
↓ 山岸さんの声の抜粋です。(1961.4.2 名古屋にて)
農業養鶏やる場合にでも、何やる場合にでも、百姓するのでも、商売するのでも、教育でも、子供を育てる場合でも、どんな場合にでも、寝る場合にも、また食べる場合にも、或いは映画を見る場合にでも、散歩する時でも、やはりこの、すべてがこの、みんなが一つになって仲よう楽しく繁栄していく、と、この目的のために、またそういうあり方で進むこと以外にないと思うの、道はね。

Category: < つれづれ > | 2006.12.22 Friday 00:00

子ども達に伝えたい

世はまさに逆手なり

お金があれば豊かに暮らせる。お金があれば自由に好きなことができる。
それは結構なことかも知れないが、これは即ち、お金がなければ貧しく、不自由

この社会通念を基盤にして、生活を組み立て、暮らしが始まる・・・、
就職する、結婚する、家庭を築く、子どもができる、家族を養う・・・、

この社会通念を基盤にして、生活を組み立てていると、
お金がなくなることに不安と恐怖を覚える。無職・無収入になることが怖い。
嫌な仕事でも、身に合わない職でも、やめることができない。
お金と引き換えに人生を切り売りすることになる。
お金を得るために、人生を費やすことになる。

お金のために人生を使って、お金がたくさん入ると、豊かだ、自由だ、と満足して終わっていく。
どっちにころんでも、お金に左右されているから、お金に縛られている、お金に振り回されている。


この世は元来、豊か・自由・仲良い

お金はあってもよいが、なくてもいい。なくても豊かだし自由。
つまり、豊かさや自由は、お金のあるなしとは関係ない。
そういう豊かさ・自由を基盤に、生活を組み立てる。
悠々自適、楽しい人生旅行。

Category: < 人 間 理 > | 2006.12.18 Monday 00:00

人間の能力

人は、特に身体的な障害がなければ、
水泳したり、自転車に乗ったり、鉄棒で逆上がりをするくらいは、誰でもできるだろう。
でも、何もしないで、やれる訳ではなく、やれるようになる機会がなければ、泳げない、自転車に乗れない、逆上がりできない、で一生終わる人もいる。
できないからといって、能力がない訳ではなく、やる必要がなかったとか、やれるようになる機会がなかっただけのことだと思う。

人は、特に知的な障害がなければ、
自分を知り、人生を知り、社会を知るくらいは、誰でもできると思う。
でも、何もしないで知ることができる訳ではなく、知るための機会がなければ、自分を知らない、人生を知らない、社会を知らない、で一生終わる人もいる。
知らないからといって、知る能力がない訳ではなく、知るための機会がなかっただけのことだと思う。
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