BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2006/09 ――
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Category: < つれづれ > | 2006.09.22 Friday 17:00

メモ

自分の人生 と 生きている間の行為
 ・毎日、毎日、何をやっているか
 ・何に向かっているか
 ・何が原動力か
 心の世界 と 観念的なもの (自分を構成しているものを分析・客観)

人の一生(人生)について
 ・目的  ・生き甲斐  ・原動力
 ・正しい人生を歩む
 ・人として育つ  幼児−−−−−→成人
 ・人が育つとは何が育つ  育つとは?

幸福人生は社会から
 ・真に幸福なる人生を営み得る社会
 ・人間社会の急所・真髄は何か
 ・それを知らないでは・・・
 ・それを外していては・・・

ココからが本題、 ココまで来るのが仲々・・・

Category: < 社 会 理 > | 2006.09.21 Thursday 00:00

社会を知るには

その前に、人間を知る
人間を知るということは、つまり、人生を知るということ。
人間を知るには、先ず、自分を知る
自分を知ることを飛ばして、人間を知ることはできない。

人生の目的、人の一生というものは、どういうものか、を知らずして、社会を語ることはできない。
社会を知らずしては、当然、社会づくりはあり得ない。

人生を知るということを大層に考えて、それがなければ社会を知ることができないとなると、社会を知るということは、とても高度なことのように思われがちだが、それは現状を基準にしているからだと思う。

大まかには、10代の早いうち(12〜18歳くらい)に、自分を知る課程を人間の基礎として、しっかりとやっておきたいと思う。
そして、20代の早いうちに人生を知る課程を。
そして、社会を知る課程を経て「結婚」、名実共に社会人として、自分を研き高める人生を送りたいものだ。

現状では、自分を知らない、人生を知らない、無論、社会を知らない、年齢だけの大人ばかりで社会を構成しているから、無茶苦茶な人生、デタラメな社会で、混乱するのは当たり前とも言える。

人間とはどういう生き物かを知り、そこから人生(人間の一生)とはどういうものかを知れば、自ずと、それに適った人間社会というのは浮かび上がってくると思う。

規模は小さくても、そういう社会を一つ、実在さす。

Category: < つれづれ > | 2006.09.15 Friday 01:00

僕の関心事 は・・・

世界革命 と 具現方式 と その元をなす 研鑽の実現

これまで、検べ、実践し、知り、得たものを、

もっと、もっと、実証し、検証したい。

人間理 社会理 研鑽の理 一体の理 
の究明ができる人を・・・

Category: < 世界革命 > | 2006.09.12 Tuesday 22:00

まとめてみると・・・

健全な心身から、人間社会は出発する
保ち合いの理が顕在化した社会 = 真理実践社会 ・・・・健全な心身から

誰のものでもない 誰が用いてもよい
 真の平等は機会均等が急所

機会均等・・・資格・・・機会均等    機会均等の上で資格が問題

真の人間になってから飼うのが山岸養鶏 (真の幸福になるための養鶏)

資格をつけてから・・・             (資格をつけるための・・・)

「知っている」という事が人間の格を落とす。
  (自分は知ってる分かってるつもり・・・「知らない」という自覚がない)
   教育制度の害毒 知ってる人の乱造 互いに裁き合い責め合う人作り

◎ 人間として最も大切な人格上の問題

     人格の有無は、自覚の有無
     幅る辱しさを知る・・・・・・人間社会の基本
     徹底自覚
       |−−−−−−−−−−−−我執・我欲・占有が消えていく
     そういう人間に成り合う
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心 理 的 方 面 の 解 決 と 社 会 構 成 の 真 髄
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◎ 制度・機構は最も大切 −−−−−−−−
     自覚を養い、人格を育み、資格をつける ことに主眼をおいた社会
     自分を知り、人生を知り、社会を知る
     人間としての基礎(人間理) 自覚 → 人格 → 資格
     束縛・抑圧なく人間に持つ「知と情」で保ち合える社会の基盤

真の人間幸福の研究に着手し、大きな要素と思われる安心や満足についての解明が進めば、自ずと従来の価値観は根底から覆り、経済機構も教育制度も大改革される。
制度・機構・行政面も真の人間向きのものになるのは必然。



理解ある協賛により、実践し乍ら完結出来れば幸いとします。
 社会の実現       How to Construct
 やれない人が(やれる自分と思って)やろうとしているから実現しない。
 (資格ない人)
 やれる人になって やらないと やれない 当然の理

 やれない【自覚】 やれる人になろう【人格訓育】 やれる人で共にやろう

金の要らない社会とか、仲良い社会とか、無所有社会とか、一体社会とか、
いくら本当だと思って、それを願っても、やれるものではない。(頭の観念段階のもの)
自分の内から出たもの(自分の目的)でないと、・・・・先ず、自分を知る、自分の目的を知る。
金の要らない人、仲良い人、無所有の人、一体の人に、先ず、自分がなること。
自分がそうでないのに、そういう社会できるはずがない。

  先ず、自覚 → それから、人格養成 → 資格に応じて発揮できる

自分を調べて、検べて、自分に尋ねて、自分を探ねて、自分の真目的に辿り着いた人は、揺るがない、放っておいても、その方向に行動を起こす。そういう人が寄ってこそ揺るぎない社会が始まる。あとは、どんな人が入って来ても大丈夫。無くなることを怖れない人(自分の中にあるもの)で始まった社会は決して無くならない。

Category: < つれづれ > | 2006.09.02 Saturday 11:00

作る人と、使う人で、

例えば、医者や医療機関を使うことで、その恩恵を受け、とてもありがたいと感じている人は多いだろう。
その重要さを多くの人が強く感じていても、自ら 医者や医療機関をやろうとするのは、極々少数の人だ。

同様にして、食糧・衣類をはじめ、家・建物や、様々な機械・道具なども、その恩恵を受けて多くの人が暮らしているが、それを作っているのは、使う人に比べれば、ほんのわずかな人だ。

社会組織というものは、それぞれが作る人であったり、使う人であったり、人間ひとりひとりの様々な活動で構成されている。
当然、作る人がいなければ、使う人がいなければ、どちらが欠けても成り立たない。どちらが上とか下とかでもない。どちらが得とか損とかでもない。作る人には作る喜び、使う人には使う喜びがある。

作る人と使う人との間に、上下や損得や義務・責任・権利主張があるのは正常でない。そこに喜びが失われ、悩み・苦しみ・怒り・争いの因がある。


研鑽セミナー 生涯学究制 as one company as one生活体

作る人にも、使う人にも、大きな喜びがある。
大きな恩恵を受ける喜びの中から、必ず作る人が現われ、後代へ引き継がれる必然の理。
永遠の幸福・繁栄に資する社会基盤を 作る人と 使う人で 一体の華が咲く。

一体で作る人(理想社会の実現に傾倒する人)と、一体で使う人(理想社会の実現に協力する人)で、繰り広げる社会モデル。
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