BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2006/06 ――
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Category: < 具現方式 > | 2006.06.27 Tuesday 23:00

職場 解放区・・・

本当に仲良く、物心共に豊かな明るい社会を願う
 それの実現に向けて、最も効果的に、最も着実に、都市型の解放区を職場に於いて実践する。

 豊かな明るい人による職場 ←―→ 豊かな明るい人になる職場
 自由で軽い人による職場  ←―→ 自由で軽い人になる職場
 解放された人による職場  ←―→ 解放された人になる職場

職場の解放・・・社会通念・常識観念・義務・責任・命令・服従・信用・評判・法律・規則・約束・金・(凡て人間の考え)などなど、一切の縛り執われから解放された職場。

仕事を課して自分を縛り、仕事を盾に人を縛る。
元々やらなければならない仕事など、どこにもない筈。自分がそう思い込んでいるだけのこと。
収入なくても、支払いできなくても、倒産しても、何もかまわない。
as one companyといえども、自分の思い・感覚で仕事する人によって、職場が 束縛区 と化する。
最も幼稚な原点だけど、絶えず、ここを確認して、ここから出発する。

Category: < 世界革命 > | 2006.06.26 Monday 19:00

50年後、100年後、次代に贈る礎

怒り、争い、貧困のない
全人幸福一色の真正世界を実現する法

  抑圧・束縛の一切ない「完全なる自由」・・・不可能とされている
  命令・服従・上下の一切ない「完全なる平等」・・・不可能とされている
  可能にするには革命が必要
人間革命
共存共生の人
誰のものでもない人
誰が用いてもよい人
無所有 一体主義の人
最も相合う
お互いを生かし合う世界

←――→
←――→
←――→
←――→


社会革命
共存共生の社会
誰のものでもない社会
誰が用いてもよい社会
無所有 一体主義の社会
最も相合う
お互いを生かし合う世界

ヤマギシズムに触れてきた人には、聞き慣れた言葉かもしれないが、
この革命実践による実現以外に道はないと思う。
自由と平等という言葉も言い尽くされ、新鮮味がないかもしれないが、
誰にも分かり易いという意味では、本当の自由、本当の平等、と表現したい。

自由平等の人
縛らない人
押し付けない人
差別待遇のない人
上下のない人

←――→
←――→
←――→
←――→
自由平等の社会
縛らない社会
押し付けない社会
差別待遇のない社会
上下のない社会

現代社会では、自由平等を尊重しているかの如く言っているが、そのいずれもが中途半端で、多くの矛盾をはらみ、不自由・束縛・抑圧・命令・服従・悪平等・貧富差などなど、真の自由平等に反逆するものを、公然と肯定している。

私たちの研究・実験の目的は、妥協のない本当の自由平等を実現し、後代へ贈ることである。

   真の自由平等主義 = 無所有一体主義
所有や上下の肯定は、自由平等の否定とも言えるのではないだろうか。
共存共生無所有一体主義世界実現のための as one活動である。
自由平等の人間への革命をするのが生涯学究制である。
自由平等の社会への革命をするのが as one companyである。

Category: < 精神革命 > | 2006.06.20 Tuesday 18:47

人間の営み・・・

世界革命実践

全世界の頭脳・技術を集合する研究機会を設け、それを実践する。

凡ての事柄について、衆知を集めて、よく検討し、最高・最善・最終的なものを見極めて、それを実践し、

真理と方法を探究し合って行動する、真理実践の社会活動体です。

「実践する」という言葉を聞くと、手足を動かして行動することを思う人が多いようだ。食を得て、住まいを得て、子孫を遺す等々(つまり働くこと)が人の営みだとしているからだろうか? 手足を動かして働いていると、人としての営みをしているという気になる。

「研鑚」が生命線だとか、「研鑚会」で社会を構成すると表現していても、やはり、「何かをする」ための「研鑚」であり「研鑚会」という捉え方、位置付けになる。ずっとそれでやってきているからか、それしか知らない。思い付かない。
言葉の云い替えをして覚えても何も変わらないけど、「何を(主眼に)やろうとしている人(自分)」かということ。

  仕事で研鑚を実践する <−−−> 研鑚で仕事をする
  暮らしで研鑚を実践する<−−−> 研鑚で暮らしをする
  研鑚するための仕事  <−−−> 仕事するための研鑽
  研鑚するための暮らし <−−−> 暮らしのための研鑽

「みんなの考えでやる」という表現もあるけど、「みんなの考えで○○をやる」というより、
「みんなの考えを実践する」「みんなの考えを○○でやる」ということと思う。
自分に言い聞かせても無駄だけど、「自分は何をやろうとしているのか」問うてみるとよく分かる。

10年くらい前のことだけど、「理念で・・・」とか「法で・・・」というのが妙に耳ざわり。ある日オールメンバー研の中で、
「・・・で理念を実践する」「・・・で法を実践する」んじゃないの? って云ったら、
「えぇっー、じゃぁ、今やってることって全然違うじゃん!!」と反応する人もあった。
「おっ、このひと鋭いな」って思った。

真実の世界、理想社会を想って働いていたって、決してできるものでない。
人間の本分を知らないと、本当の人間用の社会できない。

Category: < つれづれ > | 2006.06.17 Saturday 15:59

研鑚を知らずに・・・

 ヤマギシズムに出会い、それに惹かれ、何年も活動してきた人が、他のものに出会い、それに惹かれ、力を注いでいる・・・・という例がある。
 ヤマギシズムを否定している訳ではないだろうが、他の方に惹かれ、そちらへ傾倒する。
 「研鑚では」「研鑚会では」解決しなかった、スッキリしなかったことが、○○へ行ったら、解決した、スッキリした、・・・・と。
 中には、ヤマギシズムより、研鑚より、もっと優れているものがあった、・・・と云う人も。


 これらは、ヤマギシズムが、研鑚が、本当らしいと感じてやってみたけど、「分からない」「分からなかった」「会得できない」「自分のものにできない」「使いこなせない」等々、ということかと思う。
 そして、他のものに行ってみたら、「分かりやすかった」「スッキリした」「解決した」ということかと思う。


 自分が、「分かった」か、「分からない」か、ということになると、「分かった」と思うものを良いと思うことはあるにしても、「分からない」ものに対しては、良いとも悪いとも、優れているとも劣っているとも、云えないだろう。
 何年も、何年も、研鑚、研鑚と云ってやってきたけど、「研鑚のなんたるか」が分からず仕舞いで(どうにもこうにも分からないから)他へ行くんだろうなぁと思う。

 (・・・こういう人のことかな? ヤマギシ難民 という言葉聞いたことあるなー)


「研鑚」・・・そう簡単に分かってたまるか!という気もある。
でも、すなお(零位哲学的)に、ありのまま見聞きすること(真理の究明)ができる人には、分かりすぎるくらい? 分かり易いものと思う。
 頭悪い・頭硬い か 頭良い・頭柔らかい か 研鑚が分かるかどうか は 知能テスト みたいなものだね。

Category: < 世界革命 > | 2006.06.14 Wednesday 21:39

金の要る人 要らない人

 金の要る人(生きて行くには金が要ると思っている人)は、自分だけでなく、少なくとも今の社会で暮らすには、金の要らない人、なんて居ないと思っているようだ。
 ・ その人に金はなくても誰かの金の世話になっている筈だと・・・。
 ・ 乳幼児も、意識のない病人も、痴呆老人も、金の要る人だと・・・。
 ・ 野生動物や野良猫でなく、ペットなら金の要る犬・猫だと・・・。
 ・ たとえ、タダだよと言われても、誰かの金の世話になってるんだと・・・。
 何をしても、どこまでいっても、「金は要るものだ」という思いがつきまとう。
 つまり、その人の住んでる世界そのものが、「金の要る世界」になっている・・・。

 鈴鹿では、生活調整機関を解消して、個々の経済単位にしてみて、金の要る人、要らない人、が分かり易くなった。
 もうこれからは、生涯、個別家計でやっていくのかな?
 「財布一つ」とか面倒くさくなくて、個々でやる方が自由で楽なのかな?
 ヤマギシで長年、持たない暮らし・無所有生活・財布一つ等と、自分の意志でやっていても、「無所有一体が本当だ」と言っていても、「金の要る人」にとっては、ヤマギシでは要らなかったけど、ヤマギシを出たら金は要る・・・と。(ホントに、ヤマギシでは要らなかったのかな・・・?)
 ヤマギシ会は、革命・無所有・一体を棄て、仲良し会に堕ちつきそう。

 金の要る人は、自分に要る金は自分で持たないと不安。
 他はどうであれ、先ず自分の金だけは確保、それで一安心。
 多くの人が、そう思って家族の金、老後の金をと、個々に囲っている。
 持っていないと不安? 持っていると安心?

 時間あいてますか? ○○頼みたいんだけど・・・・。「オーケーいいよ!」
 車あいてますか? ○○に使いたいんだけど・・・。「オーケーいいよ!」
 お金ありますか? ○○に使いたいんだけど・・・。「オーケーいいよ!」
 基本的には、物も金も同質だけど、金のことになると、キュッと身がまえる人、硬くなる人があるみたいです。

 「一体が本当だ」とか「一体社会を目指している」と言っても、やはり自分の金がある人、自分の考えで囲う人はね・・・。
 金の要る人、自分の金のある人は、とことん一緒にやれないよね。とられる不安、減る心配あるしね・・・。
 「放してこそ豊か」「持たない豊かさ」ヤマギシ観念スローガンでなく、これ味わってる人ね。そういう人でこそ、一体社会やれるというもの。
 近頃、そういう人たくさん見かけるようになった。そうでない人も分かるようになった。
 金の要らない人の寄り場、話し合いの場、増えてきた。金の要らない人増えてきた。金の話も、し易くなった。なんでも言える。どこにでもある。いくらでもある。
 自分の金の要らない人、自分達の金というのもない人、分配・見返り・分け前などなど、とにかく自分(達)で囲うもの所有するものない人たちで、一体社会が始まる。


下記は、Z革命新聞(1958年)からの抜粋です。

経 済 革 命
 お金や券・符(チケット類)の一切要らない、「無所有」「共用」経済機構に革命する。
 資本主義体制にある日本国内各地に、なんでもタヾ(無代)でお金の一切要らない生活体がどんどん出来ている。
 ・・・・・・・・
 最も大切な空気よりお金などを大切に思うとは、事の矛盾に気がつかないだろうか?
 金なしで最も豊満にやって楽しく暮している村が現在各地に続出し、やがて世界中そうなることに何の不思議があろうか?
 一回の特講受講で、一切の金銭財物を持っている必要のないことに気付いた人々によって財布一つの村作りがあっちにもこっちにも拡がっていく。

社 会 革 命
 ・・・・・・・・
 金銭財物は勿論、何物も所有しない社会にするから、金持ちも貧乏人もない。宇宙にある物は、必要な者が必要なだけ、空気や水の如く用いることが出来るのである。
 ・・・・・・・・
 いかに各自に或はグループで持たないことが豊満であるかは、実行して初めてこれが本当だと分る。人と人との取り合いも無く、国と国の侵畧も起らない。守る囲いも武力も要らない、国境も無くなる日も近い。

 一人の反対者も無い世界政治のあり方を応用して、個々に財産を持つ必要の無い真に自由・平等の機構・制度を作って、やがて近く、村から、町から、日本中へと、いやが応でもあなたの身辺へと近づいているこの事態を前に、あなたの今やっていられることは、果して行き詰りの無い方向だろうか? 果して安全だろうか? 一日も早く、正か逆がを検べることが必要ではないか?
 ・・・・・・・・
 金の要らない社会の味はそこに生活した者でなければ分らない。個々に貯え守ることにキュウキュウとしている間に、金の要らない財布一つの村作りがどんどん進んでいる。
 Z革命はあなたの身辺に迫っている!
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