BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2006/03 ――
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Category: <山岸さんの声など> | 2006.03.31 Friday 17:13

「最後のもの」

もくてきけんさん するには・・・(2006.02.17) の続きです。
録音を聞くには、文章をクリックして下さい。
 ↓ 山岸さんの声の抜粋です。(1961.4.2 名古屋にて)

Category: < 世界革命 > | 2006.03.25 Saturday 09:26

研鑚セミナー 〜 as one

Nさんのブログを読んで・・・

    われ、ひとと共に繁栄せん の考え方か、そうでないか、
    決めつけ の考え方か、そうでないか、
    みていくところはそう多くないように思った。

共鳴・相通ずるところが、すこぶる多い感じがして、力が漲ってきた。
僕の視点・観点・要点・ポイント・エキス・真髄・・・は「研鑚と一体」
人で云うなら「研鑚態度と一体観」があるか、どうか。

普通の何も無い状態なら、他と隔てなく溶け合うのは自然、当然。
さらに一体観となると、動物的な自然状態だけでなく、理知的な世界観が具わる。人間愛・絶対愛。
何も無い自然状態 → 理知 → 一体観 という順序と思うが、ここで「理知」が問題。
教育・学習・キメツケ・思い込み・妄想・信仰・・・などなど、殆どが、理知とは逆方向の今の人間界。
不安・心配・悩み・苦しみ・怒り・憎しみ・優越感・劣等感・充実感・達成感・満足感などなど、殆どそれの現われだと思う。
人間らしい理知が働いた状態には、こうした迷妄はないと思う。
そこから、本当の一体観、愛の世界が始まる。
迷妄あるまま、「仲良く一体でやろう」は絶対無理と思う。

観ていくところは、そう多くないと僕も思う。
僕は「研鑚と一体」。その一環として、僕の中では「研鑚セミナー と as one」がある。
「この世界に固定しているものは何もない」 「この世界に単独で存在しているものは何もない」・・・・(2005.1.28) これは、僕にとっての理念でもあります。

Category: <山岸さんの声など> | 2006.03.19 Sunday 12:21

山岸さんの唄声



・・あ、あんまり感心しませんわ、ね、酔いどれ運転手にはねえ、乗せてもらいたくないねえ、・・・、

ぉー・・・いやじゃ、いやじゃ、そなたうらよ、ないておどすは、そのうらのうーらーぁぁ
こころだと、わしゃ・・・、なぜにとどかぬ、なあー、このおもいー
なんでこの思いが届かん だい・・・
(1959.7.10 事件直後の会見の中で)

Category: < つれづれ > | 2006.03.14 Tuesday 10:44

目的・関心の一致

頭や意識の一致ではなく・・・、

「as oneでやりたいんですけど・・・」
「どうぞ、思いっきり、やってください。あなたの思う as one活動を・・・」

「一緒に」とか言わなくても、一致しているものは通じるし、違うものは違うだけだし・・・、
どうこうしようと、頭で意識したものでは無理だし・・・、

打ち合わせて、確認して、一致させていこう、というのが要らなくなってきているんですね。
だから、楽なんですね。楽そうですね。自ずと一致する人たちは・・・。

まだまだ未熟で、やる前には仲々見分けがつけられない。
やってみたら見分けがつく。「ああ、一致する人やな。」「ああ、違う人やったな。」

何に関心がある人か、だよね。  ○○に関心を持とうと意識したからといって、関心が出るものでないしね。
まあ、誰もが「as one」やるのが良いのではなくて、やれる人がやるのが良い、当然、自然で・・・、やれない人がやろうとするのは良くない、間違い、無理がある。

自分の目的、自分の関心をつぶさに調べてみて、それに適った暮らし活動が、顕在化することこそ、本当の生き方であり、本当の社会と思う。

Category: < つれづれ > | 2006.03.13 Monday 10:45

ほんとう研

長太会場にて 13時〜23時 参加者5名

変わり者会にしても、幸福研にしても、その場が何でも言える場か、どうか。
何でも言える、何でも聞ける、なんて、何でもないことのようだけど・・・、
「そんなのやめたら?」「別にやらんでもええやろ?」ってなことを言うと、
持ってる人、放せない人は、怒ったり、離れちゃったりする。

やればやる程、外せないものが増えて行く人がある。
やればやる程、それは、「本当」から遠ざかるもの。

どんなに、理想を抱いて、一生懸命に打ち込んで、明るく楽しくやってるように見えても、
今までは、それで「良いなあ」と思えたが、
これからは、それで「良いなあ」と思えないもの。
これは年齢に関係ないね。本当の若さとは、こんなところに現われるのかな。
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