BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2005/08 ――
1 2 3 >> total 3p

Category: < 一体の理 > | 2005.08.30 Tuesday 08:39

「仲が良い」について

ヤマギシでは長年「仲良し」を、うたい文句にしてきていますが、
やはり「反感」や「対立心」が内在する「仲良し」では、平和な世界は訪れないと思います。

かつて「ヤマギシを考えるネットワーク」の活動がはじまった頃、それに随分反感を抱いた。
なぜ、批判や反対の言動に対して、あんなに反感を抱いたのだろう?

仲良くやっている組織や、仲良い人達がいるとしても、私たちの興味は、そのことよりも、
その組織や人たちに、仲が悪くなる種はないのか、反感や対立心の種はないのかと、そちらに関心が向きます。

仲が悪くなる種、反感や対立心の種を、そのままにして、如何に仲良くしていたとしても、決して平和な世界は訪れるものではないと思います。

Category: < つれづれ > | 2005.08.24 Wednesday 08:38

研鑽のための「塾」とか「学校」とか・・・

Kensan Lesson 〜 Kensan science College ・・・

見方、聞き方、調べ方など研鑽実技の研修を実施してみたいです。
「Kensan Lesson」とは、スタッフ適任者にそれぞれの得意分野の課題を出してもらって、それについて研鑽で話し合う、研鑽レッスンの塾です。
例えば・・・、
真保さん、小野さん、佐藤靖仁さん、パトリックさん、白川正さん、井川さん、吉水さん、永野さん他・・・
それぞれが得意の課題について、月に1回か2回、何曜日の何時からと、日時を定めて研鑽レッスンをしてもらいます。

自然科学や物理、心の健康や体の健康、観念や心、愛情や感情、人間や動物の生態、経済について、政治について、などなど、
さまざまな課題での、研鑽レッスンを適任者にやってもらうという構想です。
遠方の人には、通信制を設けて、年数回のスクーリングと併用していきたいと考えています。

それと同時に、生涯学究として手がける各自の研鑽体得課程についても、課題を整理し、一人の一人の現状分析から、各自が自分の考えの状態を知り、それに必要な課題を一つ一つクリヤーして、着実に研鑽が体得できるような、カリキュラムの考案や、単位制の導入なども検討中です。
そこから発展して、誰でも参加入学できる学校形式の「人間社会科学専門学校」とか「Kensan science College」というものに、普遍化させていければなあーと、展望しています。

意見や感想やアイデアを寄せて下さい。どうぞ、よろしく!!

Category: < 精神革命 > | 2005.08.23 Tuesday 08:37

人間の考え (自分の考え)

「人間の考え」という響きは客観的であるが、またその反面、よそごとになり易い。
「人間の考えの不確かさ」とか、「人間の考えの傲慢さ」などを取り上げる場合、その実態を知るには、「自分の考え」に焦点を合わせることだと思う。
人間が「人間の考え」に自信を持っている、そこから来る「人間の考え」主導の営み。つまり・・・、
自分が「自分の考え」に自信を持っている、そこから来る「自分の考え」主導の営み。しかし、この自覚がとても薄い。
「人間の考え」とは、どういうものか、を知ることと同時に、今に至る人間界の営みは、どのような「人間の考え」によるものか、検証することかと思う。
「人間の考え」の状態や作用を具体的に調べていくということ、それは一般論ではなく、実在する「人間の考え」を調べることであって、
「自分の考え」の状態や作用、「個々一人一人の考え」の状態や作用を調べることだと思う。
実在する「人間の考え」は、どのようなものか。
それは、今の「自分の考え」が、どのようなものかを調べることから始まる。

Category: < 精神革命 > | 2005.08.22 Monday 08:37

予科課程 合宿研鑽会 より

画期的な初の試み、かつてない一週間でした。10人の実験台、その後は如何が?

参加者の一人一人が、研鑽会の内容や感想を喋らないで、態度や行動に滲み出るものを観たいです。

後半にやった二つの「なぜ」の問いを常に忘れないで、問い続けて欲しいです。
これは、研鑽体得への具現方式かとも思います。

一週間に一度くらいは寄って、継続的に中間報告会をやっていきたいですね。

予想した通り、殆どの人が、一週間では、いけなかった。
また、できることなら、もう一週間、入ってみよう。
それでも、だめなら、もう一週間、それでもだめなら、もう一週間・・・。

研鑽会でも日常でも
自分で考えて、自分を出さないのは、「自分の考えに自信がある」証かな?
寡黙 控え目 おとなしそう 奥ゆかしそう 反省調・・・ムッツリ我ん固
出さない人、黙っている人は、自分が大変な自信家であることに気付かない。

自信がないと、思いや考えも、どんどん湧いてきて、どしどし出したくなる。

Category: < 精神革命 > | 2005.08.15 Monday 08:36

感覚・・・

感覚という観点で調べてみると、日常生活の殆どが、自分の感覚で判断し行動していることが分かる。
何を食べようかとか、どれくらいの量にしておこうかとか、エアコン使おうかとか、設定温度下げようかとか、・・・
また、緻密に費用計算して、それだけの費用をかけてやるか、やらないか、の判断も結局は感覚。「費用」対「効果」なんて言うけど、比べられないものを比べて、やっぱり最後は感覚。
近い方の道を行くために、距離を測って決定するというのは感覚ではないけど、「近い方を行く」という出どころは感覚。

感覚で判断・行動している、感覚に重点を置いている、ということを間違いとか、おかしいと言っているんじゃなくて、こういう事実・実態を知るというか、もっと、もっと認識することかと思う。
随分、確信もったり、絶対間違いないとか、絶対おかしいとか、変だとか、良かったとか、・・・凡てと言ってもいいくらいに、その人の感覚ではないか、とも思う。
こう思うのも、私の感覚。
となると・・・、・・・・・・ つづく
1 2 3 >> total 3p
▲ page top