BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― アーカイブ: 2003/11 ――
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 >> total 13p

Category: ヤマギシズム社会の実態 > まえことば | 2003.11.03 Monday 00:09

1.零位よりの理解を

 私は今これについて、全貌を述べる時機ではないように思います。
 これは現在の社会機構や、観念・思想と甚だしく掛け離れ、覊絆を脱し、或いは逆調を呈し、政治・経済・法律・道徳・慣習等を根底から剔抉・改訂するものであり、多くの学説・理論・実績を一応棚上げして、判断しなければ、不可解、又は危険視される部分が相当にありますから、主観を捨て切れない人や、曲げられた間接的資料によるものや、真髄を究めないで、皮層・断片的観察から生ずる誤解をする人々よりの非難・攻撃、時には迫害の及ぶことさえ予想されるからです。
 そうした理由から、誤解・混乱・障碍を避けるためにも、叙述が相前後したり、主要な部分が抽象的になる場合があり、セッカチ(急進)な人には物足りない憚いがありますが、状勢の展開につれて、機を見て断続的に、具体的に、解説しましょう。理解ある協賛により、実践し乍ら完結出来れば幸いとします。

Category: ヤマギシズム社会の実態 > まえことば | 2003.11.03 Monday 00:09

2.宗教に非ず

 山岸会の行為を、宗教だと早合点する人があります。会員中には宗教家や、神仏或いは何かを信仰している人が居ることと、本会の趣旨(山岸会趣旨参照)と、それ等の目標と相一致する部分が多く、似ている点もあり、理想社会には精神的な面も大きな要素として、それに言及する関係から、文章や言葉のうちに、宗教や修養会等にも多く用いる字句が、相当はいるために、先入主観から、宗教臭味を感ずる訳でしょうが、宗教に使っているからと言って、その字そのものは必ずしも宗教のものでも、修養会の専用語でもない筈です。
 行為そのものも、よく似た処がありますが、真理を究め、間違いを正し、真の幸福社会を招来するものは、宗教や信仰の力のみに限らないでしょう。
 そうした印象が影響すると、正しい解釈が出来なくなり、誤りへの出発になります。
 本会では神仏や、宗教・思想・信仰等については、各々の自由にまかせ、そうした問題に関しての批判は、研鑽会等で採り上げることもありますし、私としては割り切って居るつもりですが、会としては、凡ての事柄について、衆知を集めて、よく検討し、最高・最善・最終的なものを見極めて、それを実践し、理想社会の実現を期するもので、修養会や、宗教的なものではありません。教えるよりも、哲学的に、現実的に、真理と方法を探究し合って行動する、真理実践の社会活動体です。

Category: ヤマギシズム社会の実態 > まえことば | 2003.11.03 Monday 00:08

3.自己弁明 −−人物を切り離した批判を−−

 信仰生活に入り、神仏等を信奉している人の言行は、概ね正純で社会の浄化に役立ち、自他の幸福感を培っています。
 併し又一面観察が、善意的に傾きやすく、ために時折私迄も特別人間扱いされて身の置場に困り、挨拶の言葉に窮することがあります。
 本当は次に来る社会では、人並位の自信はありますが、到底尊敬に値しませんものですし、今迄の社会通念から観ると、脱線・反逆・恩師らずの不徳漢で、誇大妄想狂の食言屋として、ひとまえへ出られる資格なく、まして人に教え導く柄でない事を自認しています。
 私の場合、実質以下に、悪しざまに見られる事は、却って先の楽しみがある位で、襃貶を気にしませんが、神がかり的に見損ったり、よく見過ぎられると、ただの人間以下の現実に、期待外れの危なさがあり、物事の判断を誤る原因ともなります。
 私の言動や諸説や、このヤマギシズム社会構想に対しても、私は私なりの考え方から、確信を持って行なって居る迄ですから、これを以て最上決定的なものと思い込まずに、又貴方の今持って居られるものと、一致しないから駄目ともしないで、相体者と、条理とを、切り離して考察される事が大切で、人物を通さずに、盲信しないで、厳正な批判の眼で検討し、容赦なく叱正され度いです。好意や悪感情等、自己が混じると、純な結論が出ないです。
 私に対してインチキだとか、売名だとか、政治的或いは思想的か、何か奥に野心がありそうだとか、金儲け会だ等と云いふらす閑人があり、その宣伝効果から、会に関心を持って寄って来る人も、日に多くなりつつあります。会に来て実態を知って、宣伝した人の人柄や、程度の低い事や意図が初めて判り、ミイラ取りがミイラになったと、即時入会してかえって深入りする人が多いです。
 そう云う噂を吹聴する人の頭の程度や、人格の低い事は間違いはないが、中には私の深奥にあるものに対し、何かを、それとなく感じて怖れをなしているらしいのもあります。金儲けの会だとは、よく云いあてています。会そのものは一銭たり共儲けませんが、又会の何かの係役をしている人も、会から今迄に一銭も給料を貰っていませんが、会員には物心共に、大いに儲けて貰うための会に相違ありません。
 私は政治に対しては、内外共に重大なる関心を持っています。又自ら地球上に生存する一人としての政治意欲も、大いにありますが、政談やラジオを聞く暇が殆どなく、自慢にはならないが、三ヶ月間新聞を見なかった事もあり、見たり見なかったりの世間知らずで、貧乏人は麦を食えで名を成した池田蔵相が、疾くに罷めているのも知らずに、講演会で喋って笑われた程で、今の大臣でバカヤローで有名な吉田さん以外は、本当に知りません。
 そんな風で頭は悪く、今日足下の事では、時代にずれている上に、私には私の柄相応の仕事があって、政界等に一歩も出る自信も時間も持ち合わせていないのは事実で、野心があったら、十年前の機会に出た筈で、今の政治構想に期待して居りませんから、この点に関しては、やぶにらみでしょう。
 又私の思想について憶測される人もありますが、私として、青少年時代より一貫して持ち続けているものがあります。ハッキリした思想であり、時代に相容れかねるものがあることも、知っていますから、私はそれを強引に暴力で押し付けよう等、考えた事は一度だってありません。又それは暴力では絶対に成就しない事も、自覚して居りますし、今全部を発表する時機でもなく、時間的にも不可能な事で、歿後に気付いた人達によって、二百年以内には完成される予想の下に、余命のある間に書き綴っているのですが、たまたま私の稲作から養鶏を見付け出した人に引き出され、伝えられた稲作なり養鶏法そのものが、ヤマギシズム社会の縮図で、自然私の思想を感じとった人々の思想と、相一致する多くのものを見付け合い、相共鳴して出来たのが、山岸会なり山岸式養鶏会で、自然と人為の調和を基調とした思想です。
 私の書いたもの、言ったもの、これから出すものによって、危険な思想かどうかは、零位哲学的に、真理の究明が出来る人には、およそ見当がつくと思います。インチキ云々については、説明するさえ時間が惜しいです。そうかどうかは、各自の瞞されないよう警戒し乍らの観察に、一任しておきましょう。時が答を出しますから。人徳が無いからこんな無駄書きするのです。
 主観を捨てての一言で済まされないものを感じて、繰り返して置きましょう。
 私は私としての理想を描き、理想は必ず実現し得る信念の下に、その理想実現に生きがいを感じて、明け暮れる日夜は楽しみの連続です。家が傾こうが、債鬼に迫られようが、病気に取り付かれても、将来誤った観方をする人達から、白州に引き出されようとも、先ずこのよろこびは消えないで、終生打ち続く事でしょう。欠点や間違いに対しては、正面から指摘される事を待っています。

Category: ヤマギシズム社会の実態 > まえことば | 2003.11.03 Monday 00:06

4.技術出し惜しみの批難に対して

 私の構想している社会機構なり、真理と考えている事でも、前述の事情から、今全部を発表しかねていますが、技術や経営面についても、矢張り小出しにしなければならぬ事情があります。
 これについて随分批難がありますが、なぜそうするかについて、私の意図を述べましょう。
 技術や経営上の秘訣は、修得すればその人の心の善悪にかかわらず、一応は役立ちます。
 一挺の刃物に譬えますなれば、それの真当の使い方を知らない人にも使えます。子供や狂人や白痴の人が持つと、悪意はなくとも大切な樹を伐ってみたり、人を傷つける事や、自分で負傷することもあります。
 其の他、これも心の狂った人の部類にはいりますが、他人の迷惑は構わずに、自分の今日のみを考える人が持てば、他から刈り集めたり、脅迫したり、殺傷したり、又は怨念を晴らす道具にも用いましょうし、自殺にも使えます。
 又よく切れる刀は、よく人を殺し得ます。私共は争いのない、ひとと共に栄える幸福社会を目指していますのに、それをたたきこわし、自分のみの繁栄のために用い、社会に害毒を流し、当人も苦しむ結果になるような事をする人には、使って貰いたくないのです。
 他より先に抜け駈けで儲けようとしたり、他より多く技術を身に付けて、自分の地位を高め自慢の道具に使ったりする、われひとりの人に利用されたくないのです。自分が先取りしてからでなく、自分より遅れている人、弱い人の手を曵いて誘い合い、待ち合わして、同じ歩調で進み度いのです。
 技術・経営法を向上さすための研究は決行で、大いに進歩させねばなりませんが、それを実用に使う場合は、乏しき人を引き上げて、真の幸福目的(不幸な人の無い社会)のために利用したいのです。
 私としては出し惜しみと見られているよりも、又損を繰り返している人を見過ごす苦しさからも、早く一般に公開したいと思いますが、「理想郷実現のために」を思えば、口先でのみ、われ、ひとと共にを叫んでいる人や、(山岸会々旨参照)今はわれ、ひとと共にと思っていても豹変しそうな人には、先取りされ度くないのです。
 技術が向上し、物のみが如何に豊富になっても、真の幸福社会は到来しませんし、高い所の土持ちや、一部の人のみの物欲に加担する気になれないのです。
 この会は、自他及びその子孫が繁栄し、怒りや争いのない社会気風をつくる会ですから、この理が解り、自分も栄え、会に相寄って、拡充発展に協力する人々に活用され度いです。
 技術の一端を覚えて自分の利益のみ考え、幸福社会をつくる会に協力出来ない人や、会に反逆する人には、絶対に伝えない事にしているのです。初めは迎合して来て、会得しかけると理想社会も何もない、会が潰れようが、犠牲者が出ようが、かまわずに人を突き倒してでも、近欲に狂奔する人に対しては、口が堅くなるばかりです。
 これは一見狭量に見える行き方ですが、今の世相は、ここまでしなければならぬ有様で、汽車や電車の乗降・座席の争いや、商取引にも、共同事業にも、国際利害関係も、自分さえよかったらの、禽獣にも劣る浅ましい気風が瀰漫し、これを正すためにも、獣性の助長は絶対に出来ないです。
 私はそれ等の人や、甘い考え方の人達から、何と批難されよう共、社会人類を愛し、協力社会に尽す人達の繁栄に協力するつもりです。
 そうして親和・協力の人達が栄える事は、利己的な人が自滅・解消して、相共の人に更生することになり、親愛の情に充ちた幸福社会が訪れます。

Category: ヤマギシズム社会の実態 > まえことば | 2003.11.03 Monday 00:06

5.同調の人々と共に

 この社会形態は、現在迄に唱え書かれている、理想社会と頗るよく似ている点と、ある点迄の半永久並行線と、全く正反対の部分があり、観方・行き方・言動に対し、一時は批難する人が現われるやも計られませんが、批難する前に、直接真相をよく検べてから、批判を加えられますなれば、私は如何なる批判をも、よろこんで聴き、誤りは速やかに正し度いと思うもので、既にこうした目的のために、幸福研鑽会と称する機会を設けて、それに力め各々の主張を話し合って、真実のものを見付け出し乍ら、同じ考え方で目標を等しくする人達と共に、相協力して実行しつつあります。
 力を多く結集する程早く、立派な理想社会が実現しますから、同調の人々の参加活動を切望します。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 >> total 13p
▲ page top