BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 人 間 理 > ――
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Category: < 人 間 理 > | 2008.04.06 Sunday 15:00

人は同じ

数十億の人がいるそうだが、人間はみな同じと思う。
3人でもいいけど・・・、
10人くらいで、ひざを突き合わせて、人生についてトコトン話し合えると、自然に、世界人類に通じるものが出来てくると思う。
ちっとも難儀なことではないんだけど、そういうのって、まだどこにもないかも。
それができない、やろうとしないが故の今日の人間社会かな。
もしかしたら世界のどこかにあるかも。あれば、そこには実現してるだろう。
世界に通ずるもの。それをやろうとしてやっている。
学説や理論、知識や経験、教育や躾け、信仰や教え、道徳や規則、判断や分別・・・・「人間の考えで こうだ とするもの」を一切持たないで、生まれて死ぬまでの人の一生を観てみると、みな同じであることが分かってくる。
自分の人生の目的と凡ての人の目的が重なってくる。
もう既に幾千もの人生を歩んでいるのだろうか・・・。

「合宿研メモ」より抜粋 「人生を知るための研鑚会」

Category: < 人 間 理 > | 2008.03.07 Friday 09:00

その人 受けたもの 現象化


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Category: < 人 間 理 > | 2006.12.18 Monday 00:00

人間の能力

人は、特に身体的な障害がなければ、
水泳したり、自転車に乗ったり、鉄棒で逆上がりをするくらいは、誰でもできるだろう。
でも、何もしないで、やれる訳ではなく、やれるようになる機会がなければ、泳げない、自転車に乗れない、逆上がりできない、で一生終わる人もいる。
できないからといって、能力がない訳ではなく、やる必要がなかったとか、やれるようになる機会がなかっただけのことだと思う。

人は、特に知的な障害がなければ、
自分を知り、人生を知り、社会を知るくらいは、誰でもできると思う。
でも、何もしないで知ることができる訳ではなく、知るための機会がなければ、自分を知らない、人生を知らない、社会を知らない、で一生終わる人もいる。
知らないからといって、知る能力がない訳ではなく、知るための機会がなかっただけのことだと思う。

Category: < 人 間 理 > | 2006.01.25 Wednesday 10:28

「本来」というもの

「本来」というものを、どう捉えて、どう表現するか、によって受ける印象は、いろいろだと思うけど、

地表は平面だと思っていた人類が、地表は球面であることを知る。知れば、そのような地表に対する見方になる。扱い方になる。球面であることに「良い」も「素晴らしい」もない。そう思うのは人の自由だけど・・・。

人類は個々別々の存在ではなく、切れ目のない一つの存在だと、「ああそうか」と知る。それは「良い」とか、人間は「素晴らしい」とか、云うことでもない。

人間本来の姿は、こういうものだと、「ああそうか」と知る。人はみな善人だとか、そうなれればいいけど難しいとか、云うものでもない。

【本来】の意・・・,發箸發函8詰茵当然そうあるべきこと。あたりまえ。普通。通常。

Category: < 人 間 理 > | 2006.01.24 Tuesday 10:26

本来の正常な人間像

こんな人の像は如何でしょうか。
像と云っても、意識した外見ではなく、像として顕われる 内面 のことです。

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