BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― <山岸会養鶏法> ――
1 2 >> total 2p

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.31 Wednesday 00:00

山岸会養鶏法

 表 紙 (画像)
 不況とは何ぞ (画像)
 本書は幸福の書 ――本書の手引・必読の文――
 本書に書かれてある通りを
 
 改定に当りて
 ヤマギシズム社会式養鶏法
              目    次
一 特 別 解 説
 1 本書を読みとり兼ねる人に
 2 この養鶏法を批判する人に
 3 現状に満足している人に
 4 頭の悪い人のために
 5 私が貧乏しているように誤解する人に
 6 山岸三号種について
二 総論 養鶏産業の重要性
三 事業態による分類と将来性
四 産業養鶏の分類
五 目的生産物から見た部門とその概要
 1 基 礎 養 鶏
 2 種 卵 養 鶏
 3 肉 用 養 鶏
 4 食 卵 養 鶏
六 本養鶏法の沿革
七 農業養鶏とは
八 農業養鶏には
 1 食卵養鶏が最適
 2 飼鶏の適合羽数
 3 鶏種は卵主交配種が有利
 4 鶏舎は大体平面屋内式とします
 5 育雛適期は春1回限りとする
 6 育雛設備について
 7 早期に乾燥屑米の無制限不断給餌とする
 8 緑     餌
 9 水
 10 餌付け40日迄の管理
 11 中 雛 管 理
 12 飼 料 の 問 題
 13 鶏の病気・寄生虫・悪癖等について
 14 産 卵 箱
 15 離 巣 檻
 16 鶏の外観による判定について
 17 鶏糞について
 18 其他の諸問題について
九 失敗の実例と其原因
十 養鶏成功の秘鍵、人生永遠の幸福の源泉 山岸会とは
十一 体 験 発 表
  私の歩んだ道..................前田英雄
  コクシジウムの治し方..........亀井正子
  とわに幸ある泉をくんで........関 重子
  目ずれなら....................松添しげ
  私のひとゝせの歩み............乾さと子
  鶏糞と増産....................柴田利雄
十二 結   び
          製図  岡本俊輔
          写真  山岸 映

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.30 Tuesday 23:00

本 書 は 幸 福 の 書

---本書の手引・必読の文---

 本書は養鶏書と思って見るよりも、幸福の書として読む方が解りやすいです。
 又哲学書、或は知能テストの書とも云えましょう。

 人は皆幸福をねがって働いている事でしょうが、なぜ幸福が得られないのでしょう?。
 養鶏をするのも、センジつめると、幸福のためでありましょうのに、一時的には儲けても、後には損して止めたり、苦しい、不満の連続であったりして、総決算の結果は、不幸を積むために努力していたような事にもなります。

 それには出発に先きだって、真の幸福や、人生の正態を確かめ、本当の養鶏とはどんなものかを知っておく必要があります。
 ただ漫然と餌を与えるでなく、金銭上のみの採算でなく、もっと大きな有形・無形の大欲勘定をすることです。
 かような大算定の出来る頭のよい人は尠なく、たいていは何年か過ぎ、事が終ってから気付くか、それさえも知り得ない知能程度の人が多いようです。

 本養鶏法は、総合哲学から生まれたもので、哲学は数理科学を含め凡ての基本学であり、それにより人生を正しく見極めて行う養鶏であるから、本当の養鶏であり、永久を希う大欲養鶏であり、この養鶏が真から会得出来れば、政治・経済・社会・人生問題及其他凡てに相共通し、応用し万事を解決することも出来るのです。

 本書は、そうした素質のある人や、天才的知能を持つ非凡な人でも、三十回以上熱読しなければ判らないでしょう。
 養鶏するにも、かように根本問題から究明しなければならないし多忙な農家には、読むさえ容易でないと思いますが、これが解らないでは、永続する養鶏は成り立ちませんから、必ず理解することです。

 それでは、これを誰でもが理解するには、どうすればよいかと云う事になりますが、その方法は、研鑽会で一句一節づつをもらさず互に納得出来るまで研鑽することで、これによってこそ、日と共に進んでやまぬ、そして栄えて極まりない養鶏を営むことが出来、同時に、明るい、楽しい人生のあり方をも会得出来るのです。

 要するに、本書は養鶏する人に、真の大欲を起して頂きたい、そして単に鶏だけの儲けに終るのでなく、我々の切実に欲求する、真の幸福を得て頂きたいために出来たのであります。

 真の幸福・行詰りのない永遠の幸福は、断じて養鶏の一技術や方法の末に有るものでありません。本書を読まれる方に繰り返し申したい事は、本養鶏法は、唯今すぐに間にあいそうな技術とか方法に関する部分を、切り離して実施するなれば、必ずや詰りと不幸が、必然的に見舞う様に仕組まれてあるのですから、決して拾い読みしたり、走り読みしないで、全巻初めの序文から末尾の結びの文まで一字も余さず、繰り返しくり返し熟読して理解して頂くこと、そして必ず、研鑽会に於て輪読会を開き、お互同志が、徹底的に研鑽し合うべきことを、銘記して頂きたいのであります。

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.30 Tuesday 22:00

本書に書かれてある通りを



  本 書 に 書 か れ て あ る 通 り を

   (序 文 か ら 結 び ま で、一 字 も 余 さ
    ず 全 部 を、何 回 も 熟 読 検 討 し)

  実 行 し て 下 さ る な ら ば 、 物 心

  両 面 共 に 満 足 し て 頂 き 、

  永 久 に 責 任 を 持 ち ま し ょ う 。

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.30 Tuesday 21:00

 この一書を読んで下さったのみで、成功される方は、世にも稀な所謂、聖徳太子のような人か、何も知らない無批判的に実行する素人の方でしょう。
 私の書方、言い表し方のつたない事に因由するのでしょうが、今迄幾多の方々で、ある点迄は御出来になるが、常識や先入知識・経験が障害となって、全面的に盲従的に実施して下さる方は、御一人もありません。そして出来ていない点を指摘しますと、それ相当に言い譯をしなさる。結果は消極的損失を、日々積み重ねて居られるのです。
 深く根本理念を追究し、御自分の判断を織り込んで、実行される堅実型・賢人型(実はこの場合凡人)の方の成績は、理屈に無頓着で方法実践型の人の結果に劣るのです。ギャーシステイムは、学問・技術の集積であり、正確さに於いて答えに狂いがなく、3:1歯車の主軸を誰が廻しても、猿が廻しても、小ギャーは常に1に対して3回転するのです。本養鶏法は左様なものです。
 それから染め直しの人も困りもので、綺麗に仕上らないのです。抜け切れないものが有り、この点はよいが、之はどうも意にはまらない。自分の経営には不向きだとお考えになる事が既に邪道です。我を捨て白紙になって下さる事が、近道でしょう。くどい、もう解ったと云わずに、この序文だけは、終りまで、お読みになって下さい。

 そして又始め成功された方でも二・三年たつと、我が入ってきます。そして頭を打って、又戻って来る人が殆んどです。利巧そうな人程出戻り回数が多いです。「之は難しい、容易でない」とお気付きになる。この時が上昇点となります。理論を究めると甚だ奥が深く難しいが、併し方法は又実に易さしい養鶏法であることを御了承願い度いのです。
 私の性格は、実はそうではないのですが、事に当ると数理的に走り、自然界の歪みの良さを容れないために、殺風景で味がありません。私は私なりに労力 ・資本及び利子 ・生産機構 ・生活等実在値・無形値をも含めた、綜合計数点の一番高いものを狙ったものですが、数字を省き、精々通俗的に書いてみます。

      昭和二十八年十二月十五日
                          山岸 巳

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.30 Tuesday 20:00

改定に当りて

 山岸式養鶏法は実に難かしくて、かつ又至って易さしい事は、序文にも述べている通りで、難しい道から入ろうとするならば、専門大学ぐらい出たとて、幾十年間、鶏と取り組んで自他ゆるす大家であっても、山岸養鶏独特の仕組みや、根本原理から真髄を会得せない限り、絶対に解ろう筈がありません。
 生れ乍らにして、特に優秀な頭脳の持ち主が、素直な態度で及、綜合哲学的に、専心究明に努力を傾倒されてこそ解釈出来ることで、相寄って来る多くの人々の結果から見て、その程度が判定されるのです。
 表べだけ真似て、半可通のチョイかしこ頭で、間口広く寄せ集め式変形養鶏をデッチ上げてみたところで、曲りくねった、均整のとれない、一貫性のない、使いものにならないものである事は当然で二流品はいくら並べても二流品に過ぎなく、むしろ下手な思案は止めて、云われるままに易さしい道を実行に移した方が効果的でしょう。
 山岸会養鶏の真髄は、育雛ではなくて、その後の老雌売却迄の長期間の微妙さにあり、養鶏を止めても、なおその後に残る大きな真目的にあるのです。
 有形物のみでなく、養鶏を通じて人生を識り、幸福社会の実現にあるのです。
 皮だけ持って行く人は実に欲の浅い人で、中身が肝腎であり、その栄養と味が真価です。

 私は誰でも手放しで、間違なしに、容易に成功し、責任の持てる育雛四十日迄と、それに附随する必要部分のみを発表し、後を出さないのは、それから後はいよいよ複雑に、ますます、難しくなり講習や書籍等では、活きて日々進歩し、動く業界には役立たず、損をさせては相済まないとする慎重さと、大儲され度いとする真の親切心からで、こんな難しい養鶏法でも、無経験で忙しい農家の人達が、失敗なく必ず成功する養鶏の仕方を知られると同時に、或はそれに先行して、養鶏する真目的を会得されるように仕向けているのです。
 それにもかかわらず、育雛四十日で後に寄って来ない人は、圧死させたり、バタリーに上げたり、苦労して損を齊らす柔鶏にして、自ら損する方向へと舵を向けます。
 本編ではそれを見兼ねて、中雛六十日迄を追加しましたが、日々の損益の岐れ目は、それから後にあるのですから、迷わず、疑わず本書に書かれてある通りを実行して下されば、物心両面共に満足して頂き、永久に責任を持ちましょう。

Category: <山岸会養鶏法> | 2003.12.30 Tuesday 19:00

ヤマギシズム社会式養鶏法

 なお遠からず、農家や無産者、失業者向にも最適の、ヤマギシズム社会式養鶏法の発表を確約します。
 この養鶏法の特色は
一 極端な省力となる
 今の山岸式でも省力養鶏であるが、一層省力となり、かつ二ヶ月間位、家族全員が揃って不在旅行しても、立派に経営出来る。
一 飼料代出費の軽微と飼料材の豊饒
 大部分自給出来ることと、飼料化材料が無尽蔵的にあるため、飼料代が飛躍的に安価に済まされる。
一 臭気・喧騒から免れる
 人間日常生活は快適であり度いもので、エンシレージや、魚屑の臭気はたまらなく、山岸式では臭くなく、騒がしくない事は定評ですが、より静かで、鶏臭もなく、近隣に迷惑をかけない。
一 技術を要せぬ
 一々講習を受けたり、本を読んだりして、技術を習得しなく共、誰でもそれぞれ安定した最高収益が見られる。
一 其他驚くべき特徴を兼ね備えている
 この養鶏法を具体的に発表したなれば、現在の何れの養鶏法も根底から改廃せなければならなくなる。
 以上述べたのみでは信じかねる人もありましょうが、私も公言したからには根拠があり、具体的方法を聞いた人々によって実行に移す準備を進めつつあります。
 ただ一般に具体的方法を公開しないのは、今の世相では、この養鶏法を知ったなれば、我が儲けのためにと、独占しようとする、心なき一部有力者が利用するおそれがあるからであって、人かまわずの個々人主義から発した、救国とか、民族とか、国家とか云う言葉が出る激しい対立意識が、或る程度整理される日を待っているに他ありません。
 この真意が一日も早く解り合い、相提携して物心豊かな社会愛主義社会の実現を心底から希求するものです。
                  1955,6,1  山岸 巳

Category: <山岸会養鶏法> > 一特別解説 | 2003.12.30 Tuesday 18:00

1 本書を読みとり兼ねる人に

 本書は普通の養鶏書として読むと、非常に難しく、余程高い読書力を持ち、理解力のある人が、熱心に意読しないと、完全に読みとれないでしょう。
 したがって、本養鶏法の真髄も掴み得ないから、完全な養鶏を営む事も不可能です。
 本書を完全に読みとり、本書に盛られた真意を会得して行うなれば、養鶏そのものに成功するは勿論、家庭も社会も人生問題も、凡てが、自から解明出来ます。
 難しくて解らない人が、完全に読みとる方法は、毎月の研鑽会に出て、一句一節を輪読し、その真意を会員間で検討した方が、素読十回するよりも効果的です。
 忙しくて読む暇のない人も、研鑽会に出ることで、研鑽会に出ることによって能率化して余暇が生じ、研鑽会に出ることも、読む時間も充分に生じて来ます。

Category: <山岸会養鶏法> > 一特別解説 | 2003.12.30 Tuesday 17:00

2 この養鶏法を批判する人に

 この養鶏法を批判又は非難し、或いは成功しかねている人達に忠告します。
 私は「見ずして行うなかれ、行わずして云うことなかれ」と前編にも警告して置きましたが、世の中には、見ずして、又は行わずして、間接的な聞きかじりや、断片的な資料や、真髄を知らずして、兎や角云い度がる人や、一端を行って失敗(一時的好調でも永い目で見た)する人が多いものです。そしてそれは一つも例外もなく的が外れていることです。
 早計・独断の軽率さを暴露し、その人の人格や程度の低さを示し、有形・無形の損失を自ら招いています。
 英語を解するには、英語を知っている人でなければ出来ず、トマトの味は食ってこそ云えるが如きでしょう。
 如何に頭脳と経験に自信のある人でも、想像や、推定で決めない事で、綿密厳正な比較実験を経ないで断定してはいけません。
 この養鶏法は、人類一体を真のあり方とし、全人幸福親愛社会の実現を目指すもので、ヤマギシズム社会観に立って見ると、容易に理解し、その線に副ってこそ成功するのです。
 自分のみの幸福を願っても、それは終局に於いて絶対に成り立たないとするヤマギシズム社会原理から知る事が先決条件で、一見廻り道のようでも、その方が近道です。
 個々人主義を肯定して観察し、又は行っても絶対に判らなく、批判も結果も誤ります。

Category: <山岸会養鶏法> > 一特別解説 | 2003.12.30 Tuesday 16:00

3 現状に満足している人に

 今更そんな養鶏を知らなくとも、現在それ以上立派に飼えてあると思う人も果してそうであるか、自惚れでないか、永続性があるか、どこが違うか、より良くより高く向上するために、比較検討することも無駄ではない筈です。
 昔からこうして成功したとか、誰でもがこれでやっているからとか、自分には合わないから、或は充分儲かってあるし、自分はこれで何不自由なく幸福そのものだと思っている人でも、意外な欠陥を発見したり、無駄骨を折っていることがあります。
 設備もあり毎年 100%育って一度も失敗しないし、そんな面倒な原始的で幼稚な、不安定な、技術のいる堆肥熱育雛等を習わなくとも、熱原費も僅かで、便利がよいと独り決めして、雛から鶏舎・自宅迄焼いた人が方々にあります。
 又一時的現象を見て、狭い育雛枠で日光・運動不足で、柔かい餌で、点燈等して、薬迄使って、 100%育ったと自信を持ち、中雛・初産・老鶏迄の落伍鶏の多い、低能率鶏(飼料利用率の低い)の赤字鶏に育成して、よい気でいる人も随分あります。
 親がこの鶏種で財産を拵えたからとか、この鶏種はどこででも飼っているとか、純粋種だ、奨励品種だとか、飼料面でも、根本的な、鶏そのものを誤って、機械や試験管なみに観るから、生きた環境適応性の強い鶏に、合わないことは当然で既成栄養学等は、根底から覆えされるものを、すでに黴臭い分析表と首引きで、グラム何、コンマ幾何と、如何にも科学者気取りで、前世紀の遺物になろうとしている人もいます。
 空気や水や草や塵芥が、卵に変る自然の根本妙手を知ろうとしませんか。水爆の出来た新しい時代について行こうとしませんか。
 適温問題にしても、温度計が何するものかも知らず、空中水分も、生きた鶏の欲求適温も、爾後一生の外気対応体質造成の点も忘れた観方に、根本的間違いがあり、 100%育ったからそれでよいでは、高度精密人為自然科学実用養鶏の前に影が薄れる道理です。
 計器・数字でないと夜の明けぬ粕理屈屋は、夏日、羽根を拡げ、暑さに口を開けている鶏と、温度計とを並べて、旋風機で風を送ってその変化を観察することで、データー、データー何がデーターかよく検べることです。
 鶏の好む温度は鶏に聞くことで、温度計に聞くとはお門違いでしょう。
 昨日は今日ではない。古い学説や、部分科学の半端者に捉われていては遅れる。取り残される。進んで止まぬ綜合哲学的に、物を観ないとだめですよ、です。
 そんな難かしい毎日進む高級養鶏は、頭の弱い、忙しい農家には向かないと逃げ出すのは早過ぎます。
 こんなに複雑精細な養鶏法が、素人の誰にでもやれる方法があるのです。
 その方法と云うのは、毎月半日を割いて支部研鑽会に出る丈のことです。
 共に研鑽して時の最先端を行なうのみです。学資も謝礼も要りません。ただ要するものは親が子を愛すると同じ親愛の情です。自分だけ覚えたら出席を止めて、後を教えて貰えぬと腹を立て後かまわずに離れるでなく、後に続く人々に、自分の持てる凡てを”かつて自分が受けたように”与えて、与えて、与え尽くす愛の心です。後れている人は吾が子です。吾が子に与える喜びに生きる、喜びの自分を発見するのです。私の持っているなけなしのものも、早く貰って欲しいです。貰って怪我や食傷せないよう、真の人間らしく早く成長して欲しいです。成長に応じて差上げます。人と人とが、権利よ義務よの法律のみでは円滑な感じのよい社会生活は絶対出来ないもので、与えて喜び、受けて喜ぶ、相愛社会に永久の安定・繁栄があるのです。
 組合や会を造っても、この精神が欠けていたならば、却って物欲の突張り合いの場ともなるでしょう。
 多くの会や団体が破綻するのは、寄る時の理屈・勘定はよいが、この団体を愛し、会員を愛し、真に自己を愛する相愛の精神が足りないためです。
 自分のみのためにと、取り合っていて、よくなる道理はありません。
 凡てが共生の世界で、稲や鶏の生物は言うに及ばず、機械や道具等でさえもその機能・生態等をよく知り、無理使いなどして傷めつけないよう、大切に愛して、その持ち味を最大に生かしてこそ、人間も亦良く生きられるわけで、愛する心を失って、使い倒し、取り切ることのみ考えていては、機械は壊れ、鶏は病気になったり、働が鈍り、損失は吾が身に還って来るのです。心の繋がる堅い団体を造り、仲よく愛し合うこそ、真の養鶏を発展さす方法です。
 一切の争を起さず“仲よくやりましょう。” 1955,6 10   山岸 巳

Category: <山岸会養鶏法> > 一特別解説 | 2003.12.30 Tuesday 15:00

4 頭の悪い人のために

 学歴があっても、なくても個々人主義の、頭の悪いのにはこんな簡単な原理が解らぬので憐であるし、困るのです。
 もともと頭が悪いとか、考え方が間違っているとか、病弱な人又は悪行為等をする人に、そのひと一人に責を負わしてはいけません。
 左様な人が生れた原因、左様に育った環境を、具さに追求しますなれば、凡て全部、親の親の親の繋がる人類全体に因を発し、行為を起さした周囲の社会全体に欠陥があったのですから、かような人を出さないよう、社会全人類が他人事とせずに努力を傾けることです。
 山岸養鶏では(技術20+経営30)×精神50と、精神面を強調するのは、鶏を飼う場合の鶏や、社会との繋りを知る精神であって、自分一人よくなろうとの精神では、養鶏も絶対に成功しないとの原理精神のことです。
 何も修身や修養や道徳を云っているものでなく、寡欲高潔な所謂人格者でないと鶏が育たぬとか、卵を産まないと云うのではなく、又社会奉仕をせよと強いるものでもなく、この場合の精神とは、大いに儲けて、永久に養鶏を栄えさすために、必要で欠く事の出来ない、一番先に知らねばならぬ根本精神の事で、他の養鶏法は兎も角、山岸養鶏はこの精神が欠けては、絶対に成功出来ない仕組みになってあります。
 自分さえよければ、又はわが家・わが村・わが国をと、国家個々人主義に出発した対立精神は、絶対に永続性がない原理を知り、人間生きて行くには一人立ちは出来ない、自分一人離れたものでなく、世界中の人と相繋がる自分であることを意識し、相共に栄える社会愛社会の一員であることを自覚して、養鶏する精神を云うのです。
 人の厄介にならなくとも、自分は自分でやって行くから、かまって呉れるな人の事は見殺しで見過ごす個々人主義では、必ず行詰まる日が来ます。全世界の人の知識を皆と共に集めて、皆と共に繁栄しようと云う精神を云っているのです。
 解り易く云うと、永久に儲け続けて行くには、自分一人の知恵や考えでは限度があり、他から取り集めるにも、自分一人で絶えず探し求めたところで、労して功少なく、よし専売特許的なものを得たとしても、一時的には栄えても、又その上その上が現れて永久に優位は保ち得ず、狭い自分の経営範囲でそれを利用するよりも、世界全体の養鶏に活用した方が、その効果が幾層倍かに現われ、自分の持った知恵や技術が最大限に生かされ、世界中の富が増進し、自分が及子孫が、世界中の人(相棒)の住む社会が豊かになります。
 知恵も技術も世界中の人のものであり、世界中の人のために最大に役立たすことで、これが最も大欲で自分を大きく生かし、生きがいを楽しむことになり一番楽しい人生です。


 多川柿   奈良の多川という柿の先生が、柿の優秀品種の接穂を冷蔵庫で沢山貯蔵して置いて、老躯・病身を厭わず、その接穂を持って、各地を自費で訪ね廻り、実生樹や劣悪柿樹の接換をさせて貰っていました。無論タダです。
 私の方へも来ました。その時私は云いました。「あなたは欲の深い人ですね自分の柿畑で足りないで、そんなことして日本中多川柿を接いで廻り、多川が死んでも柿に多川を生き続けようとは執念深い男だね」と「その通りです。よう接がして呉れました。有難う。」とお礼を云って、何か置土産までして帰りました。
 こちらは接がして上げて、御礼迄貰って、憎くまれ口たたいて、一言の御礼も云わないのです。
 私にして見れば、多川の素晴らしい技術と、その精神を永久に生かさして、彼氏に喜びを与えたのであるから、御礼を云って貰うことは当然で、常識外れで、時機外れの柿の接穂から、昨今いきいきと青い芽をふき出したから、やがて来る年には熟れる柿の実に、広く、永く、多くの人々と共に、多川の味を思い浮べるでありましょう。


 山岸の本領    大したものでもなく、用い方によっては他を傷める山岸養鶏にしても、何程かでも役立つなれば、そこに山岸が生かされることを思えば、御礼の一つも云い度くなります。
 ただ念う事は、自分(近い周囲も)のみの儲けに利用されないようにと思うのです。
 しかも山岸養鶏等と名付けられて居ますが、全部皆他から受けたもののみのデッチ上げで、私のものは一つもありません。私の生れる以前からあった山岸という符牒も、いつどんな人が付けたものか、身体も心も物の考え方や能力も社会関連により両親を経て受け継いだものや、周囲から与えられたものに過ぎなく、幾多先輩の業績を継ぎ合せ、鶏や自然に教えられ、受けた頭脳で考察、発案し、組合せたもので、こうして全部社会・周囲から受けたものを、凡て社会に提供利用されることは、当然の帰結だとしています。
 これを後の人に伝えず、自分で停滞独占して、狭い自分のみの経営で、五万十万に用いて、何百万円を掻き集めて、貯金して通貨異変を心配したり、威張る子女に養育して不幸に一生を暮れしめるよりも、薄く共広く、多数の鶏に活用される方が大きいと思うのです。微力でも本当に良い社会に使われ度いのです。


 怒る人は御免    それからヤマギシズム社会では、凡ての事は心底からの理解に俟つ事としているから、怒ることがなく、山岸会正会員資格者は絶対怒らない事になってありますし、相寄って来る多数の人は怒が急激に少くなっていますが、技術のみの取込みに急な人達に限って、一番肝腎な根本問題を嫌って、都合のよい時だけ同調して置いて、何かの事情で腹を立て、親愛社会への反逆妨害をします。
 私は全部を惜みなく出し度いのですが、今の世相では、豹変し、怒る人が多過ぎ、一を取れば二を求め、求める方は技術に偏よって際限なく、その先々を考えると、その人をも不幸にする事がよく判りますから、先ず一端を出して、もっと大切な事に気付かれる日を待っています。
 怒る前に話し合えば怒が生じないものを、そして状勢を見て適当な時機に適当な事柄を、会を通じて発表するつもりです。


 技術を小出しにする理由     山岸養鶏のホンの一端である、一番簡単な育雛を出したのみで、こんなに急速に普及しましたが、私及山岸会が幾多技術を持ち乍ら、これを一般に公開せず秘匿し、又は一部の人にのみ伝えていることは、一見矛盾しているように見えましょうが、今の社会には、以上の原理が解らず、自分の持っているもの(知恵も技術も)は出さず、他から得たものも自分のみ(自分の身に近い周囲)の儲けに利用する人が多く、他より多く積んでも積んでも物足らず、世界の蔵に貯えて置いた方が安全なのに、自分の蔵に貯えねば安心出来ず、泥棒や減る心配の種を積み重ねることは、当人も哀れですし、社会も取り合い、睨み合いの間違いから一歩も前進せず、却って、親愛社会にしようとする私共の活動の障碍になりますから、人を見て伝えているのです。
 われ、ひとと共にと云っている人でも、その行いを仔細に検討して見ると、今日(1955)では自分の周囲や自分の国程度の人が大部分で、この考え方で、この考えをどこまで拡大しても、救国とか民族とか云う対立国家意識や、個々人主義から出たものは、根本的出発点から間違っているから、絶対に良い社会は生れず、かような人に何程秘術を与えても、その上、その上を欲求し、取り込む事ばかりに血眼となり、ますます真理を見る目が眩みます。
 先づ自分を、先づ自国をかためてからの出発でなくて、先づ全世界人類全体のための立場から見ての、今日、唯今の行いにならねば、全部狂った結果になります。
 世界全体から見て、低い所から低い国から引上げて行く事で、日本人であるから日本からでなく、世界の中に日本のような物心共に乏しい国があることは世界の不幸であるから物心共に引上げねばならないのでしょうに、物の面のみ先に引上げられては、心の乏しさは却って引上げが難くなり、物を豊かにする方は割合易いが、心の貧困を豊かにすることは容易であって容易でないから、物心併行して引上げるために、心の引上げに努力が必要で、それを強調し、その社会愛社会精神を基盤にした養鶏でなくては、如何に卵肉が増産されても、我一人の醜悪社会の延長に過ぎないでしょう。


 これをこの農業養鶏に当て嵌めて見ると      養鶏界も需給の関係や諸種の条件が毎日動き、或る年は利益があるが、年によっては大体不引合の事もあり、不引合と云っても何割かは残り、非能率的なものや、経営条件の劣るものは淘汰されます。農家は、養鶏のみが専門でないから、経営規模も技術も養鶏知識も乏しく、他の農作業に力を割き、技術の研究に或は購入販売に没頭する訳には行かず、前進々々と事態に機敏な専業家について行けず、養鶏界不況にたちまち打撃を蒙り、損して止めるのがオチとなります。
 そこで、その乏しい農家が落伍せないで繁栄する途は、相共に協力し、励まし合い、落伍する人を出さない組織が必要です。
 ところがこの組織を、個々人主義から出発した権利・義務の法制で運営するなれば、無味乾燥の事務的なものになり易く、法の監視を必要とし、監視の範囲のみの義務行為になり勝で、権利・義務の突張り合いで他よりも多く貯えようとする、取り合いの人の寄り集りになり、場合によると、共栄のために寄り乍ら、大穴が空いたり、紛争の場になり、悪感情を残す実例が枚挙に暇ありません。
 これ等は皆自己中心(自己所属団体中心)観から来る欠陥であって、こうした誤りを正し、自他を繁栄さすものは、実に全人一体観に立つヤマギシズム社会機構、及その精神に徹する人達の結合によらねばなりません。


 農業養鶏が苦境に耐え栄えて行くには      団体経営と研究団体が必要であり、親愛の情に繋がる団体でなければ成果は上らなく、個々に目先きの近欲を出し合い、謗り合い、我欲を出して、喧嘩する団体では栄える道理がありません。
 親和の場が他を攻撃し斗争の場になっては、個々の養鶏も成り立たなくなるから、仲良くするための精神、即ち会旨、われひとゝ共にの精神を、山岸養鶏では精神50と云って、必須条件にしているのです。
 仲よくするから繁栄し、繁栄するために仲良くやれる機構と精神を必要とするのです。
 一寸した間違いや誤解や不利に、直に眼に角立てたり、失策を怒り、罵しり疑ひ、邪推、断定するようでは自滅への直進であり、自他繁栄への逆車を押すことになりましょう。
 喧嘩別れにならぬよう、失敗させぬよう、真底から仲良くなるための精神を云うのです。
 それには対立世界ではなくて人類一体観から発する親愛協力社会精神でなければ絶対に成立せないのです。
 この精神と、無理をせない社会機構を具備するなれば、法律等は余り必要がなくなり、斗争のない明るい、住みよい安定した、快適社会が実現します。

1 2 >> total 2p
▲ page top