BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― マイプロフィール ――
1 2 >> total 2p

Category: マイプロフィール | 2009.12.01 Tuesday 21:00

満9歳になりました。

2000年12月1日に、鈴鹿に移り、今日で丸9年になりました。
そして、このホームページを始めてから、5年余りが経ちました。
このブログも、ここらでチョット、ひと区切り付けようと思います。
どうせ遊びだしね。同じスタイルが続くと、飽きてきてね・・・。
すっきりと、シンプルに、一からスタートしてみます。

多くの心ある有志に抱かれて、毎日々々、愉しく面白く、ぬくぬくと研鑽三昧で、申し訳ない程です。
この開放感・暖かさ・軽さ・心地よさ・気楽さ・・・は、いったい何だろう。


いろいろな試行錯誤、変遷を経て、ここの活動や暮らしぶりを「研鑽コミュニティ」と呼ぶようになりました。
紙面やネットで紹介できるのは、現象面のほんの一端です。
ここに暮らす人々の安心度・満足度・ゆったり感・心の落ちつき・晴ればれ度・爽やか度・シンプルな人間関係・・・などなど、なんだか夢見心地のようで、とても文字や言葉では現わせません。
人と社会の研鑽・研究を繰り返しながら、移りゆく人や気風の変化を見て、「はぁー!、人間ってこんな風に暮らせるんだぁー!」と感嘆するほどです。
見に来て、人や空気に触れてもらえば、多くの人がその違いをきっと感じると思います。
・・・と言っても、改良・前進、改良・前進の途中の一コマで、一ヵ月先も予想できません。これからどんな展開が産み出されるのだろう・・・? 

では、このブログは、このページにて・・・      一からの新たな初めより

Category: マイプロフィール | 2009.12.01 Tuesday 00:00

僕も思ってた「そこは実顕地だと・・・」

19歳から45歳までの約26年間、ヤマギシに居た。
そこで、約20年の間、僕も「そこは実顕地だ」と思っていたんだよね。
    (まあ、そのまま思っててもよかったんだけどね)
本当に面白いのは、それから後のことだよね。
面白いのは、周囲のことではなくて、僕の中のこと。
山岸さんが遺してくれたものに出会って、みるみる内に僕の中が変わって行った。
「実顕地」は、本来の人間社会のための一つの「具現方式」だよね。
そこに目を向ける人がいなかったんだろうね。

いちいち書くの面倒だから、書かないけどね。

Category: マイプロフィール | 2009.01.20 Tuesday 12:00

内観コースに参加しました

2009年 正月早々、研鑚ライフセンターの内観コースに参加しました。
幼い頃からの自分をじっくり観つめてみました。
両親、特に母親に対する、その時々の自分の心境や思いが蘇ってきました。
そして、何よりも大きかったのは、ヤマギシでの26年間の自分を振り返って観たことです。
私としては、両親のもとで暮らした19年間よりも、ヤマギシでの26年間が今の自分を形成しているな、と感じる程でした。

1974年7月に豊里で暮らすようになり、そこで杉本さんに出会いました。それ以後、杉本さんの考え方や生き方に惹かれ、多くのものを注いでもらい、それを吸収してきた日々であったように思います。

1993年頃から、杉本さんを通じて、山岸さんの著述や口述や録音に触れる機会が多くなりました。それからが、私の大きな転機になってきたようです。山岸さんが遺したものに触れれば触れる程、「これは今まで思ってきたものとは違うぞ」という感が強まりました。
ヤマギシズム、研鑽、社会、人間、そのいずれをとっても、今まで自分が捉えていたものとは違うのです。
そうして、ヤマギシズム、研鑽、社会、人間、について研究意欲が増し、有志と共に話し合い、活動する暮らしになっていきました。
杉本さんから手渡されたノートやテープから、山岸さんの思想に触れ、本当に多くのものを齎され、それは今も続いています。

Category: マイプロフィール | 2008.07.31 Thursday 21:00

ライフワーク

人間と社会に関する問題をやってきた

そして、人間にとっての本当の幸福と、人間らしい本当の社会のあり方と実現方法がハッキリしてきた。
それを実験・実現するために鈴鹿に来たともいえる。

その内容を説明するために解説文などを書いて、公開しているが、
とにかく書いたものを読んだくらいでは、「そんなこと実現できる訳がない」と相手にされないから、
規模は小さくても、実際に実現されたものを見れば、誰にも分かり易いと思って、それをやっている。

説明といっても難しい内容ではないので、先入観念を入れずに理解しようとして読めば、誰でも分かると思うので、10年先20年先のために、書き貯めて、遺しておこうと思う。

Category: マイプロフィール | 2008.03.18 Tuesday 08:00

懐古・回顧 かな?

このホームページの始まりは2004年。最初の頃は、ヤマギシ時代のものを載せていた。
今は、< 小論 と 解説 >というコーナーにまとめてある。
1993年~1998年、毎月のテーマ解説を書いていた。下記は、その頃のもので、タイトルは見たことあるけど、紙面には出してなかった気がする。ある意味で、僕のルーツのような一面もあるので、改めて紹介します。
 ↓↓ クリック

Category: マイプロフィール | 2007.12.31 Monday 23:55

2007年 歳の瀬に

研究所の面々、顔を見合わせ、「丸7年だねぇー」
「ここで7年やってきたということだね」
「まだ7年か、というのもあるね」
「それ以前の蓄積があっての、この7年でもあるな」
10月に K さんが来てくれたことで、1999年11月から、
鈴鹿が始まる 2000年11月までの経過をまとめて話すことができた。

2001年
2002年

2004年
2005年

2006年

2007年

活動の志が結集「一つの社会」実験 ⇒ 研鑽の実現が急務
人間性復帰・幸福実現のための研鑽制度が社会機構として必要との観点から合宿形式での研鑽会が始まる。
人間社会科学研究所 発足
試行錯誤を繰り返しながら、現在の「自分を知るための研鑽会」の原型ができ、実動し始める。
人間性養成に重点をおいた社会組織・機構・運営・制度に焦点があたる。「研鑽社会化活動」
「人間性の解明」から・・・「研鑽社会現象」へ

人間らしく幸福に生きる・・・だれもが望むだろう
 人間らしく幸福に生きる人が増えれば、自然、社会は良くなるだろう
人間らしく幸福に生きる⇒⇒⇒正鵠を射る 核心をとらえる
                それは、どういうことか・・・解明
                どうしたら、そうなれるか・・・方法
人間らしく幸福に生きる
 これを最優先・最重点にできるか、或いは二の次・三の次・後回しにするか
 これを一番大事にしたいけど、それに専念できない今の世
 これを実現するには、先ず、これを最優先・最重点にする社会と人の環境、それと勿論、本人の意志
人間らしく幸福に生きられるように成るための社会
 (これを最優先・最重点においた社会・機構・制度・運営)
  ⇒⇒⇒人間らしく成長し合える社会

実践の書 人間の知能 にある「心理的方面の解決」「社会構成の真髄」という課題に迫ることになる。
前にも書いたけど・・・、
ヤマギシズムの真骨頂は、世界を革命する社会実現にあり。
そして、山岸巳代蔵氏の本領は、その具現方式にあると思います。

人類幸福は精神面のみに非ず、むろん物や金でもない。
人間の幸福には、幸福社会が要る。
幸福社会には、幸福な人間が要る。
じゃあ、いつまでたっても実現できないと思う・・・?

幸福社会を実現しながら、人の幸福を実現していく具現方式
 ・幸福社会が実現するにつれて、人の幸福が実現する。
 ・人の幸福が実現するにつれて、幸福社会が実現する。
このような実践・実験を、このような規模でやっているところ他にないと思う。
手前味噌かな?⇒⇒⇒Ymagishism My Life 2007

2008年 理論と方法についての研究と実験の内容を解説する機会を設けたいと思っています。

Category: < 社 会 理 > | 2007.11.01 Thursday 06:00

録音の一部抜粋です

10月21日 9:00~11:00 鈴鹿ハイツの研鑚会場にて

  全録音の終わりの方(私の発言の一部)
約7分間 →

約4分間 →

K さんからの「公表しないでほしい」との意向もあり、また僕自身あまり公表しない方がいいと思う事を多く喋っているので、一部を抜粋してみました。
これからも、今回のような、冷静な検討と真摯な質疑応答の場が持たれることを、とても楽しみにしています。

Category: マイプロフィール | 2007.10.21 Sunday 18:39

8年ぶりの K さん

「K さんが鈴鹿に来る機会に話をしたい」と恩田さんから聞いて、じっくり話ができそうだなと思って、楽しみにしてた。

K さんとなら、まとめて喋ることが出来そうな気がして、ふだんはそういう機会はあまりないし、小野さんからボイスレコーダ付きのMP3プレーヤーを借りて録音することができました。

8年間休止のような状態だという K さんですが、素朴かつ純粋な疑問、核心をついた的確な質問を、順序だててしてくれたおかげで、中身のある充実した時をすごすことができました。

ヤマギシでやってきたことに関する見解、鈴鹿に至るまでの経過、組織論・組織観・社会観・・・、鈴鹿での試みと研究で解明されてきたこと等々、2時間足らずですが、とても楽しい対談? でした。

(10月21日 9:00~11:00 鈴鹿ハイツの研鑚会場にて)

私の発言の一部です。← クリックして聞いて下さい。

K さんからの「公表しないでほしい」との意向もあり、また僕自身あまり公表しない方がいいと思う事を多く喋っているので、一部を抜粋してみました。
これからも、今回のような、冷静な検討と真摯な質疑応答の場が持たれることを、とても楽しみにしています。2007.11.1

Category: マイプロフィール | 2007.09.07 Friday 16:00

Ymagishism My Life 2007

ヤマギシで、二十数年間 「これが実顕地だ」 と思って、やってきて、
ある時期から、山岸さんの著述・口述に触れる機会を得て 「これは本来の実顕地ではないな」 と思うようになり、その後の研鑽を経て 「本来の実顕地は、こういうものではないか」 という志を抱いて、「本来のヤマギシズム実顕地」 を実現しよう と、鈴鹿にやって来た。
  <無所有一体へ> 参照

当初から、「一つ財布」や「生活調整機関」や「一体経営」など、いろいろな試みをやった。やってみると、ヤマギシズム研鑽社会を実現するには、要素や順序が必要であることが浮かび上がってきた。
 ・理念を究明し、方法を考案する、人と社会の研究試験機関。
 ・研鑚によって人間らしく成長し合う、人を養成する機関。
 ・研鑚による社会生活・産業経済を組織し、研鑚運営する機関。


現在までの社会を表現すると、
アメとムチ(金と罰則)で、統制し、秩序を保ち、治めようとする、人間の禽獣化社会のようで、人が決めたこと(善悪観など)を誰にも画一的に当て嵌めれば正しいとされる、幼稚な悪平等社会と云えるだろう。
・人は何によって真に安心や満足が得られるかを見極めようとしない。
・個々人の特性である思想や人格の育成を軽んじ、怠っている。
・人間を知ろうとしない、幸福を知ろうとしない、モノ・カネ 主体の政策。


現ヤマギシ会員は理想が貧弱すぎて、幸福社会づくりを唱えても、理念も方法もビジョンもない、精神面だけを大事にする単なる仲良しサークル会に堕ち着いている。
ヤマギシ会もヤマギシ村も、ヤマギシズムとか社会づくりを語るなら、もっともっと、幸福社会、かつてない社会、ヤマギシズム社会について勉強が必要だと思う。


そうして、研鑚社会、研鑚生活という実態が顕われ始めると、当初やろうとした、「一つ財布」「生活調整機関」「一体経営」など、現象的に捉えていた社会像が薄れて影をひそめていった。
ここで、立証しつつあることは・・・、
人間の本来性に立脚した社会機構によって、誰もが真の人間らしく成長する。

私たちの用語でいうと、
研鑚社会機構によって、研鑚生活する人が続々誕生する。
持たない囲わない一体社会機構によって、人がそう成り、そういう社会生活が実現する。


 社会変革とか社会づくり等、「社会」を語ると、つい現在の社会をどうするかという発想に行きがちだが、要は、どうすれば、そういう社会が実現するか、ということで、既成社会をどうしていくか、という考えには必ずしも行かないと思う。それは、何かに捉われた狭い発想と思う。
 どういう社会を実現するのかを、ハッキリと知り、実現するには何が必要かを徹底研鑚する。そして、それに叶った方法を見出しながら実践していく。
 こう言っても、表現が抽象的で分かりづらいと思う。
 それを分かり易くするのが、私たちの活動だと思っています。


勘の鋭い人には察しがつくと思いますが・・・、
 「一体研鑽機構の社会を組織する」ことが できるか、どうか。これが鍵だと思います。
 たとえ心理面の研鑽を駆使して、優れた心境の人が多くできたとしても、それで人を罰する法律の要らない楽園(社会)ができる訳ではないのです。

 山岸さん自身、見極め考案したものを遺しているが、私たちは、それを理解し咀嚼し試験・実証しながら、ヤマギシズム社会の実態 を解説しようとしています。


生きている間に、どこまで、実態を創っておけるかな。
その理念・方法・実証までの過程を解説し、書き遺しておきたいな。


 よく ここまで きたな(2006.8.30) まとめてみると・・・(2006.9.12) 参照

Category: マイプロフィール | 2007.03.29 Thursday 18:00

無為乱筆 満六歳

いやぁー、鈴鹿に来たのは、ホントに ラッキーだね。
幸運の女神様のお導きかな。

息子と娘は6歳ちがい。2001年春、中学校と小学校の入学に合わせて二人とも鈴鹿に来た。そして、今年、晴れて高校と小学校を卒業した。
私(父)は、といえば、鈴鹿に来て、就職でもすれば家計・収入は安定しただろうに、そうしてしまっては拘束が多く、限り有る時間も不如意となるから、定職にも就かず、やりたい放題をやってこれました。



ここでの6年余りは、研究と実験に明け暮れる毎日です。
人間の方面の研究が進んで、研鑽ライフセンター という活動となって現象化してきました。
社会や経済の方面でも、試行錯誤・失敗・やり損ない等々の連続で、いくつかの会社(法人)ができて、やめたものやたら、続いているものやら、お店や事業活動が始まったり終わったり、積んでは崩す積み木遊びのように、なにをやっても面白く弄び的で、みなで楽しく戯れています。

金銭的な儲けが増えるのは結構なことで、それは、レジャーや贅沢品が欲しい訳ではなく、一人でも一時間でも金のために働かなくてよくなるからです。あり余る程ではありませんが、ここでの経済的余得は研究や実験や研鑽会の整備等に使われています。金回りが良くなれば、なるほど、多くの人や時間を研究に注いでも暮らしていけます。


檻の中で餌を与えられて育った獣は、野に放たれても狩ができないとか・・・
金を糧にして育った人間が、金なしには生きていけないと思っている・・・
なんとなく似てるな・・・
資本主義は、人身売買・奴隷制の延長か?人間の考え先行のバーチャルな世界。
そこを少し抜け出して、人は人以下でも人以上でもない、人は材料・道具・商品でもない、リアルなリアルな物質経済の世界を垣間見ています。

金より手足の四本(資本)は大したものや。(1960年 六川での談話)

金も名も求めず、各自の身に合う仕事で世界中に踊り、天地に愧ぢない連中には、至る処家在り、食有り、友、吾子ありです。(1955年 山岸会養鶏法)

会の財源は人的に物的に無限大である、(1960年 山岸会事件雑観)

第二章 構成 一 幸福研鑽会 の締めくくりは、
なるべく働かないための研鑽をしましょう。 で結んでありますが、なるほど働く手を一旦止めないと幸福を見つける暇もないでしょう。
巷では、働くことで幸福になるかの如く思って、一生懸命働いている人もいるようです。


 ヤマギシズムに出会った会員諸氏も、それぞれの地で、自己変革やグループ活動等にヤマギシズムを取り入れて活かしていることでしょうが、・・・

ヤマギシズムの真骨頂は「社会実現」にあり。
社会実現とは、既成社会での世直し運動や社会浄化活動に非ず。
社会実現とは、かつてない新しい社会が現前すること。
2006年8月30日「よく ここまで きたな」の記事参照

ここで培ってきた「ヤマギシズム=社会実現」のノウハウの蓄積は、どの地域へも輸出できるでしょう。
さてさて、いよいよ、これから、次は、何が飛び出しますことやら・・・。


1 2 >> total 2p
▲ page top