BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < つれづれ > ――
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Category: < つれづれ > | 2009.11.27 Friday 11:46

研鑽科学 第2号 が出ます。

研鑽科学第2号の紹介 ← こちらを参照

Category: < つれづれ > | 2009.11.23 Monday 13:00

鈴鹿を「循環共生型のコミュニティ」に

数ヶ月前には、予想だにしていなかったような、驚くべき事態に急展開してきた。
このたび鈴鹿の街角から、市民・企業・議員・農林業・専門家・学者が一体となって、「食」をキーワードに「循環共生型コミュニティ」づくりがスタートした。
【全文を表示する】シンポジウム開催のお知らせ
(このシンポジウムは参加者が多くなりそうなので公表を控えていました。)

Category: < つれづれ > | 2009.11.18 Wednesday 17:00

人を嫌う って・・・?

「人が人を嫌う」って、どういう状態なんだろう? (自分が誰かを嫌う・・・)
誰にでも「好き嫌いの感情がある」と、当然のことみたいに、軽く扱われそうだけど、本当にそうだろうか?
自分の中に「嫌いな人がいる」「イヤな人がいる」、そういう自分。
それは、相手の人のことではなく、自分の中のこと。
それ以外の他のことでは、仲良く豊かに楽しく充実していると感じていても、それは、それ以外の自分。そういう自分。

「ある人が嫌い」ってなんや? 「その人がイヤだ」ってなんや?
その人を避けたい気持ち。その人から目を反らしたい気持ち。

「嫌いな人」がない、「イヤな人」なんていないのが、普通で当たり前で、人としての基本の基本だと思うけど、それさえも解決し得ない、現代人の狂った心理状態。
そこを解決しようとしないままで、何をやったって・・・。
それ以外のところに幸福はないと思う。社会の基本もできないと思う。

Category: < つれづれ > | 2009.11.17 Tuesday 06:30

信頼 信用 ・・・

信頼できると思う人なんて、一人もいない。

信頼できないと思う人も、一人もいない。
(これまで出会った人 知った人 想い出せる人 全部 見渡しても・・・)
これがベースのように思う。

  信頼できる人 できない人、信用できる人 できない人、というのは、
  いったい何のことを言ってるんだろうね。
  そういう思いがあるなら、どういうことなのか?
  自分の中をよく観てみるといいと思う。

人間にとって、とても重要なことのような気がする。

Category: < つれづれ > | 2009.10.22 Thursday 06:57

ゲストハウス と 研修所 と ・・・

研鑽コミュニティでは、各方面からの来訪者に応えて、懇談や宿泊ができるゲストハウスが設けられました。
研鑽ライフセンター研修所は、3年前に設けられましたが、月のうち約4週間ほとんど休む間もなく、フルに活用されています。
この両施設は、事務局や会社や私たちの住まい等がある街から、約2kmほど離れた閑静な住宅地にあり、研究所関係者も最近よく使わせてもらっています。 右の地図をクリックすると拡大表示できます
私たちの暮らしに限ってみれば、このような施設は特に必要ではありませんが、各方面・各層からの来訪者が増えてきた昨今、とても大きな役割を担っていると感じています。
研鑽科学研究所では、鈴鹿市の熱心な議員さんや他地区からの学者や行政関係者の方々と定例の会合を設けて、研鑽コミュニティをベースにした、新たな社会システムへのプロジェクトを始めています。

以下に、施設の紹介記事がありますので、ご覧下さい。
ゲストハウスと研修所との距離は100mあまりです。
ゲストハウスの紹介  研修所の紹介

Category: < つれづれ > | 2009.10.08 Thursday 19:00

産業理 顕現に向けての一歩

研鑽をベースにした新たな社会活動を約9年やってみて。
人間生活には欠かせない産業活動のあり方を模索してきた。
工業にしても商業にしても、その経営体の単独事業というものはあり得ない。産業が成立するということは、人的・物的基盤とその地域における必要性、生活・文化に適合するという要素が浮かび上がってきた。
 

Category: < つれづれ > | 2009.10.05 Monday 01:00

謝辞

http://www.yamagishism.org/
当サイトをいつもご覧いただき、誠にありがとうございます。
近頃とみに、アクセス数が増え、多くの方に繰り返し繰り返し、訪れていただき嬉しい限りです。
ヤマギシの村では、当サイトの記事をコピーして、インターネットを見ない人にも、閲覧して頂いているそうです。
サイトタイトルにある通り、「凡ての人の心に届くことを希って」これからも書き続けます。

Category: < つれづれ > | 2009.10.01 Thursday 00:00

ケンサン学校を斬る

竹本さんが、あるヤマギシの村人への感想を寄せてくれました。

Category: < つれづれ > | 2009.09.27 Sunday 13:00

ヤマギシの村 あたふた

Category: < つれづれ > | 2009.09.11 Friday 09:00

自発的服従による組織

最近、研鑽科学研究所で、よく話題になる。
(8月9月の研鑽科学サロンのテーマにもなっている)
「自発的服従」・・・主体が自己の自律性を確信していながら、客観的には他者や制度に知らぬまに服従していること。
(自発的服従は、組織存立の基本的なメカニズムという説を唱える人もいる。)

まあ、飼い馴らされた愛国心みたいなものかな。
他からの強制ではなく自発的だから、服従しているという自覚がない。
自発的服従にも積極的なのと消極的なのがあるから、組織では積極的に服従している人が重宝がられ模範となり実権を握る。
自発的服従しているのを自発的意志でやっていると思い込んでいる状態。
青年の研鑽会を開催したことを大問題にしてる人がいるらしく「kazukiはクビ、大学部おとりつぶし」にまで話は及んでいる。その理由は「相談なしで勝手にやった」からとのこと。
でも、この理由は大ウソ。でも、大問題にしている人自体、自分の大ウソに気づかず、マジメに「相談なしで勝手にやった」を問題にしているらしい。アワレ・・・!!
本庁の寄り合いでも「相談なしで勝手にやった」ことについて、大マジメで物議しているよう。そういう論点(テーマ)にしてしまうと、事態を聞いた多くの人は、そのことで意見を言い合い、そのことの裁定をしようとする。
大問題にしている人は、自分が大問題にしている自分の本音すら見えない。
Yさん曰く 「いくら良いものでも入れてはダメなものはダメだ。」とか・・・この人は正直な方かな(韓国では相談なし独裁でやってるもんな・・・)


 天理教、大本教のように団体になってるものを宗教というが、そうでなしに各自信じてかえりみない、他を入れないもの、キメつけてこれだというものを宗教といえる。
 みんな一人一人にあるやろ。自分が自分に教えてるもの。そして人にこれが正しいよと云うもの、教えるものね。この宗教定義第一やっておくこと必要と思う。
(1960.8 第二回理念研より)
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