BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 世界革命 > ――
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Category: < 世界革命 > | 2005.06.26 Sunday 08:19

キメツケのない社会

動物が人を襲い、自然現象が人に被害を齎すことに対応して、動物を捕獲したり退治したり、台風や地震の予知や、予防策を講じる。
人が人に及ぼす被害に対しては、人を縛り処罰したりする。動物や自然現象には、罰則を設けて処罰するということがない、効かない。
動物でも、自然災害でも、人でも、害を及ぼすものに対抗して、それを食い止め、できることならたたきつぶそうとする発想・方向で臨んでいる。

被害の元となる原因をつき止め、それを取り除くという方向はどうだろうか?
動物や自然との間で争いになることはないと思う。(中には動物や自然に腹を立てて争っている人もいるかもしれない。)
人が急に休んだり働きを止めたりすると、害や迷惑を及ぼしたといって罪悪とされることがあり、処罰されることもある。無断で勝手に急死するのも罪悪か、処罰の対象か?

地震や台風のように猛威を振るい、甚大な被害を齎すものに対しても、対抗措置がなく諦めているのか、人間は被害を最小限にすることに努力する。
それと比べたら、極々小さな被害でも人が齎したとなると大変だ。
地震の原因を取り除くよりも、人災・犯罪の原因を取り除く方が容易だと思うが、縛ったり処罰していても、人災・犯罪はなくならない。
人が齎す被害でも、自然災害のように捉えれば、今よりは平和になる。
人は何を考え何をするのか分からない、外部からの制御は不能だ、と諦めた方が、今よりは平和になる。
地震や台風や人間のメカニズムをよく知って、幸福に生きる方法を考案しよう。
どうしたら、人が人に害を齎すことが無くせるだろうか、と誰のせいにすることもなく、検討・研究する。誰かのせいだとか、誰かの責任にしようとしていること自体、キメツケそのもの。
強風や高潮を防ぐ壁や、地震に強い建物や、犯罪者を牢獄に入れたり処罰したりするというのは、あまりに知恵が無さ過ぎる。

Category: < 世界革命 > | 2005.06.26 Sunday 08:15

キメツケのない社会

 みんなの暮らしに関わること、社会的なことで何か決めると、「こうして下さい」「こうしないで下さい」と、みんなで決めたことだから、みんなで守っていこうと、守らない人がいると、決めたことが崩れるから、守らない人が現れないようにしていく。
 これは従来の社会では当然のことで、これなくして安心して社会生活は営めないとされているだろうし、そのことが個人の自由を奪い束縛している等とは考えないだろう。

 それとは反対に、社会的に決めたことを、「このように決まりましたが、どうでしょうか」と個々に尋ねて聴いていく社会。「キメツケのない社会運営」

 キメツケの社会運営の中では、個々は自ずとそれに適合して、キメツケを覚え習い守り、その中で暮らしを成り立たそうとする。
 キメツケのない社会運営の中では、個々は自ずとそれに適合して、自由に好きなように考え、思いを出し、検討して暮らしていける。

 住まいも、仕事も、育児も、お金や恋愛・結婚も、「キメツケのない社会運営」の中で暮らしている実態、そういう人が随分いる。
 また、近くに住んでいても、「キメツケのない社会運営」の恩恵が薄く、沢山のキメ事や前提を持って、自分の狭い考えで行動し暮らしてる人もいる。

 凡ゆることを、いつでも根本から見直せる軽い明るい社会機構や運営の充実と、その社会機構や運営が広く多くの人に齎されるように・・・。

 個人の考えで暮らし行動することは、規制社会の制約をモロに受けるだけでなく、気付かない自分のキメツケ観念からの制約をモロに受けるものである。
 自分の考えで行動する方が楽だ自由だと思う人がいるということは、まだ「キメツケのない社会機構や運営」が未熟で、恩恵が薄いということの証とも言える。

Category: < 世界革命 > | 2005.06.20 Monday 08:12

もくてきけんさん 「心の手」

今日は、午後1時〜10時半まで、「目的研鑽」をした。白紙研鑽の次の次の・・・・・・もの?
中盤までは、なんだか漠然とした感じ、夕飯の弁当を食べた後・・・、
「目的を具体的にもう少し・・・」と聞いてみた。そしたら、トツトツと語ってくれた・・・、
実に平易な言葉で、そして明快だった。彼は自分の中にある目的を知っている、という感じ。
仕事の目的、会社の目的、家族の目的、今やっていることの目的・・・、そう考えること自体が本末転倒。
それ以前にあるもの「自分の目的」。「心底の目的」は考えるものではなく、知るもの。「考えた目的」は頭の段階。
「仲良く楽しい世界」は、僕の「一体研鑽世界」と同義語。
目的は知るもの、目覚めるもの、気付くもの、そして誰にでもある、その人、その人の目的を呼び覚ます。
私たちの活動は「自分の目的を知る人による、凡ての人の目的を呼び覚ます活動」。

『心の手を差し延べれば、必ず心の手で固く握り返して来ます。
目に見えるこの手は、一歩の差で相離れますが、心の手は、この身が幾千里離れても死んで幾百年経っても、決して相離れるものではありません。
私共は同じ考え方を持つ人々を続々と探し得て、堅く固く心の手を握り合って、今日の活動を楽しみ、明日の楽しみに生き貫こうと、周囲の目に見える物は減っても別れても苦にならず、近い日身体から必ず離れる生命を打ち込み、この仕事を自分の本当の生きがいとしているのです。私共にはこんな楽しい仕事は他にありません。
物に乏しい人々を訪ね、心の豊かな人を探す旅の途上にて。』

「ようやくスタートに立てた。今まで何してたんやろぅ?」

Category: < 世界革命 > | 2005.04.16 Saturday 07:47

10年後へ

研鑽の現象化をキッカケに、それに関心をもつ人が現れ、研鑽に触れ、体験する人が増えるように・・・
その為に、研鑽の現象化としての活動や組織や施設などが効果を発揮する。
いくら、羽振りがよくて、繁盛して、有名になっても、研鑽の顕われでないものは無効。
研鑽の顕われでない活動は、やる意味がない。
だから、研鑽を実践する人、研鑽の実現が第一。

各地に研鑽が実践され、研鑽会が実現するために、
「研鑽会を研究するところ」と「研鑽会をやる人を養成するところ」・・・その充実。
各地からの研鑽の実現に心する人達の拠り所として。

今までの世の中は、研鑽のない顕われ、
新しく産み出そうとする社会は、研鑽の顕われ、
研鑽のない活動は、あえて今更やるまでもない。

Category: < 世界革命 > | 2005.03.28 Monday 07:42

・・・

次代へ繋げたいと思うのは、あさはかなのか。
何とか、誰にでも解り易いものにして、伝えてゆきたい。
イズムをそのまま喋っても、ナンノコッチャ? で、相手にされない。
「誰もが欲するもの」に、はまっていくような伝え方。その人、その人用の方法。
今の世代向けの現わし方。 誰の求めにも、はまっていくように。

究極は一体、コモトも一体、要は一体。 人間が殺り合わなくていい世界。
なかよく、なかよく、人と人の本当の姿。 かけひき・損得の無い世界。

人が他人になっている。(他人と書いてヒトと読む) 他人が当たり前になっている。
喰い合い殺し合いの人間界に、一体の世界を実現して見せると・・・。

ガツガツ・セカセカ・ピリピリ・イライラしない、ゆったりした人の群れ。
のどかな、鷹揚な、仲睦まじい人間界に・・・。

問題・モンダイ・悩み・苦しみ、いっぱいの世の中で、一人で寛い豊かな心で居られる人は極稀で・・・。
だから、そうありたいと希う人が寄って、どんな悩みも、難問も、明るく仲良く、解決しながら、解決できなくとも、暗くならないで、諦めないで・・・、
明るく、仲良く、前向きに考え合って進んで行こう。
そうした社会で、凡てが自ずと溶けて行くように・・・。
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