BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 世界革命 > ――
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Category: < 世界革命 > | 2006.06.26 Monday 19:00

50年後、100年後、次代に贈る礎

怒り、争い、貧困のない
全人幸福一色の真正世界を実現する法

  抑圧・束縛の一切ない「完全なる自由」・・・不可能とされている
  命令・服従・上下の一切ない「完全なる平等」・・・不可能とされている
  可能にするには革命が必要
人間革命
共存共生の人
誰のものでもない人
誰が用いてもよい人
無所有 一体主義の人
最も相合う
お互いを生かし合う世界

←――→
←――→
←――→
←――→


社会革命
共存共生の社会
誰のものでもない社会
誰が用いてもよい社会
無所有 一体主義の社会
最も相合う
お互いを生かし合う世界

ヤマギシズムに触れてきた人には、聞き慣れた言葉かもしれないが、
この革命実践による実現以外に道はないと思う。
自由と平等という言葉も言い尽くされ、新鮮味がないかもしれないが、
誰にも分かり易いという意味では、本当の自由、本当の平等、と表現したい。

自由平等の人
縛らない人
押し付けない人
差別待遇のない人
上下のない人

←――→
←――→
←――→
←――→
自由平等の社会
縛らない社会
押し付けない社会
差別待遇のない社会
上下のない社会

現代社会では、自由平等を尊重しているかの如く言っているが、そのいずれもが中途半端で、多くの矛盾をはらみ、不自由・束縛・抑圧・命令・服従・悪平等・貧富差などなど、真の自由平等に反逆するものを、公然と肯定している。

私たちの研究・実験の目的は、妥協のない本当の自由平等を実現し、後代へ贈ることである。

   真の自由平等主義 = 無所有一体主義
所有や上下の肯定は、自由平等の否定とも言えるのではないだろうか。
共存共生無所有一体主義世界実現のための as one活動である。
自由平等の人間への革命をするのが生涯学究制である。
自由平等の社会への革命をするのが as one companyである。

Category: < 世界革命 > | 2006.06.14 Wednesday 21:39

金の要る人 要らない人

 金の要る人(生きて行くには金が要ると思っている人)は、自分だけでなく、少なくとも今の社会で暮らすには、金の要らない人、なんて居ないと思っているようだ。
 ・ その人に金はなくても誰かの金の世話になっている筈だと・・・。
 ・ 乳幼児も、意識のない病人も、痴呆老人も、金の要る人だと・・・。
 ・ 野生動物や野良猫でなく、ペットなら金の要る犬・猫だと・・・。
 ・ たとえ、タダだよと言われても、誰かの金の世話になってるんだと・・・。
 何をしても、どこまでいっても、「金は要るものだ」という思いがつきまとう。
 つまり、その人の住んでる世界そのものが、「金の要る世界」になっている・・・。

 鈴鹿では、生活調整機関を解消して、個々の経済単位にしてみて、金の要る人、要らない人、が分かり易くなった。
 もうこれからは、生涯、個別家計でやっていくのかな?
 「財布一つ」とか面倒くさくなくて、個々でやる方が自由で楽なのかな?
 ヤマギシで長年、持たない暮らし・無所有生活・財布一つ等と、自分の意志でやっていても、「無所有一体が本当だ」と言っていても、「金の要る人」にとっては、ヤマギシでは要らなかったけど、ヤマギシを出たら金は要る・・・と。(ホントに、ヤマギシでは要らなかったのかな・・・?)
 ヤマギシ会は、革命・無所有・一体を棄て、仲良し会に堕ちつきそう。

 金の要る人は、自分に要る金は自分で持たないと不安。
 他はどうであれ、先ず自分の金だけは確保、それで一安心。
 多くの人が、そう思って家族の金、老後の金をと、個々に囲っている。
 持っていないと不安? 持っていると安心?

 時間あいてますか? ○○頼みたいんだけど・・・・。「オーケーいいよ!」
 車あいてますか? ○○に使いたいんだけど・・・。「オーケーいいよ!」
 お金ありますか? ○○に使いたいんだけど・・・。「オーケーいいよ!」
 基本的には、物も金も同質だけど、金のことになると、キュッと身がまえる人、硬くなる人があるみたいです。

 「一体が本当だ」とか「一体社会を目指している」と言っても、やはり自分の金がある人、自分の考えで囲う人はね・・・。
 金の要る人、自分の金のある人は、とことん一緒にやれないよね。とられる不安、減る心配あるしね・・・。
 「放してこそ豊か」「持たない豊かさ」ヤマギシ観念スローガンでなく、これ味わってる人ね。そういう人でこそ、一体社会やれるというもの。
 近頃、そういう人たくさん見かけるようになった。そうでない人も分かるようになった。
 金の要らない人の寄り場、話し合いの場、増えてきた。金の要らない人増えてきた。金の話も、し易くなった。なんでも言える。どこにでもある。いくらでもある。
 自分の金の要らない人、自分達の金というのもない人、分配・見返り・分け前などなど、とにかく自分(達)で囲うもの所有するものない人たちで、一体社会が始まる。


下記は、Z革命新聞(1958年)からの抜粋です。

経 済 革 命
 お金や券・符(チケット類)の一切要らない、「無所有」「共用」経済機構に革命する。
 資本主義体制にある日本国内各地に、なんでもタヾ(無代)でお金の一切要らない生活体がどんどん出来ている。
 ・・・・・・・・
 最も大切な空気よりお金などを大切に思うとは、事の矛盾に気がつかないだろうか?
 金なしで最も豊満にやって楽しく暮している村が現在各地に続出し、やがて世界中そうなることに何の不思議があろうか?
 一回の特講受講で、一切の金銭財物を持っている必要のないことに気付いた人々によって財布一つの村作りがあっちにもこっちにも拡がっていく。

社 会 革 命
 ・・・・・・・・
 金銭財物は勿論、何物も所有しない社会にするから、金持ちも貧乏人もない。宇宙にある物は、必要な者が必要なだけ、空気や水の如く用いることが出来るのである。
 ・・・・・・・・
 いかに各自に或はグループで持たないことが豊満であるかは、実行して初めてこれが本当だと分る。人と人との取り合いも無く、国と国の侵畧も起らない。守る囲いも武力も要らない、国境も無くなる日も近い。

 一人の反対者も無い世界政治のあり方を応用して、個々に財産を持つ必要の無い真に自由・平等の機構・制度を作って、やがて近く、村から、町から、日本中へと、いやが応でもあなたの身辺へと近づいているこの事態を前に、あなたの今やっていられることは、果して行き詰りの無い方向だろうか? 果して安全だろうか? 一日も早く、正か逆がを検べることが必要ではないか?
 ・・・・・・・・
 金の要らない社会の味はそこに生活した者でなければ分らない。個々に貯え守ることにキュウキュウとしている間に、金の要らない財布一つの村作りがどんどん進んでいる。
 Z革命はあなたの身辺に迫っている!

Category: < 世界革命 > | 2006.03.25 Saturday 09:26

研鑚セミナー 〜 as one

Nさんのブログを読んで・・・

    われ、ひとと共に繁栄せん の考え方か、そうでないか、
    決めつけ の考え方か、そうでないか、
    みていくところはそう多くないように思った。

共鳴・相通ずるところが、すこぶる多い感じがして、力が漲ってきた。
僕の視点・観点・要点・ポイント・エキス・真髄・・・は「研鑚と一体」
人で云うなら「研鑚態度と一体観」があるか、どうか。

普通の何も無い状態なら、他と隔てなく溶け合うのは自然、当然。
さらに一体観となると、動物的な自然状態だけでなく、理知的な世界観が具わる。人間愛・絶対愛。
何も無い自然状態 → 理知 → 一体観 という順序と思うが、ここで「理知」が問題。
教育・学習・キメツケ・思い込み・妄想・信仰・・・などなど、殆どが、理知とは逆方向の今の人間界。
不安・心配・悩み・苦しみ・怒り・憎しみ・優越感・劣等感・充実感・達成感・満足感などなど、殆どそれの現われだと思う。
人間らしい理知が働いた状態には、こうした迷妄はないと思う。
そこから、本当の一体観、愛の世界が始まる。
迷妄あるまま、「仲良く一体でやろう」は絶対無理と思う。

観ていくところは、そう多くないと僕も思う。
僕は「研鑚と一体」。その一環として、僕の中では「研鑚セミナー と as one」がある。
「この世界に固定しているものは何もない」 「この世界に単独で存在しているものは何もない」・・・・(2005.1.28) これは、僕にとっての理念でもあります。

Category: < 世界革命 > | 2006.02.03 Friday 10:31

as oneの生活体?と呼ぼうかな



生涯学究に参加し、生涯学究制の会員となり、自己を知り、自分の生き方を知ると、自然に自信のない謙虚な姿が露わになり、自分の考えだけで自分のことを決めようがない、みんなの広場へ持ち寄り、検べ、検討しながら暮らして行く、楽で、軽くて、明るく、快活な生き方に転換する。

従来の調整機関と呼ばれていたものも趣旨は同じだから、その構成員は、この生活体のメンバーである筈だが、実態はどうか、各自問うてみる必要がある。

「メンバー」は個人個人の資格のことで、メンバーではない家族も広い意味でこの生活の構成員となる。家族とは、妻であったり、夫であったり、子孫、兄弟、父母、祖父母、血縁外も含めて家族と云える人。

「メンバー」は自分のことは勿論、将来・老後・没後のこと、家族のこと、就職・結婚・家計・家庭・出産・養育・居住地・住宅・などなど、人生の凡てのことについて、研鑚で as one生活する人。

このことが明瞭になってくると、アメリカに居ても、ブラジルに居ても、沖縄に居ても、九州に居ても、東京に居ても、信州に居ても、家族の同意なく各自、「メンバー」になれることが判かる。

Category: < 世界革命 > | 2006.01.16 Monday 10:21

社会システムのモデルとして

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