BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 世界革命 > ――
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Category: < 世界革命 > | 2007.08.04 Saturday 12:00

人の中身について話そう

・・・というと、なんだか、うわさ話をするようで、あまりイメージが良くないかもしれないが、これは、類推・憶測・疑い・勘ぐり等ではなく、「その人の中身の実際」を見ようとするもの。

<人の中身 主体の文化へ>
例えば、私は○○は苦手だ、○○が得意だ、○○がやりたい、と思って言ったとしても、そう思っているから、そう言ってたから、「実際にそうだ」とは限らないもので、その人の実際はどうだろうか。
「ウソ」か「本心」かという問題ではなく、心底そう思っているとしても、「その人の実際はどうだろうか」というもの。

私は気づいた、目覚めた、悟った、神の声を聞いた・・・等も、それを否定するものでなく、その人の体験や思いを言っているのだろうから、それはそれとして、・・・で、その人の中身の実際はどうか。
その人の体験や行為行動や言ったこと書いたもの等、現象面はどうあろうとも、その人の中身の実際はどうか。
(結果や効果、現象面の話だけでコロリといく、現象面に弱い人が多い)

「その人の中身の実際」を見るということは、見ようとしたからといって、すぐに見れるものでもないだろう。
そのような文化というか価値観というか、そういう環境の中で、人の中身に興味・関心が湧き、感覚が養われ、見る目が育つのだと思う。

職場にも家庭にも社会そのものに、そういう文化を育てたい。



<真の幸福観へつながる道>
現象面はどうでもいいということではない。
現象面の変化や経過・結果をよく見て、そこから、中身はどんなだろうかと、中身(核心・本質)を見ようとするもの。

間違いを指摘したりして、いくら正しきを目指しても、現象面をとやかく言っている間はね・・・。

子育て(人育て)に関わる人は、中身を見る目を養わないと、現象面で一喜一憂する人を作るばかりになると思う。
幸福感を追う感人種にはなって欲しくないと思いながらも、人が喜んでいたら「良かったね」、がっかりしていたら「残念だったね」、では、「人の中身を見る目」も「中身主体の文化」も育たないだろう。

これは、センジ詰めると、その人の「幸福観」のことでもある。
私が本当に幸福だと思えたら、実際に幸福なのか、どうか。
その人が幸福だと思えたら、それで幸福なのか、どうか。

自分を観察し、自分の中身を見ようとすると、
自然と、人の中身に、社会の中身に、関心が向いてくる。
中身に関心が出てくると、やはり、本当の現象、現象面を正しくするには、中身を正しく・・・という、やりどころが見えてくると思う。


<現状の価値観の自覚から>
現象面主体の価値観で長年やってきていると、そう簡単に切り替わるものではないが、先ずは、自分の現状の価値観、現象面主体の価値観をハッキリと自覚することだと思う。

自分や人の言動、いろいろの出来事に対して、即座に反応している自分の実状が見えてくると、徐々に、現象面ではなく、「その中身はどうなんだろう」と中身の方へ関心が向いていくと思う。

そして、「中身はどうなんだろう」「中身はどうなんだろう」と主体や重点が中身へ向かえば向かうほど、観念や感情で現象面に対して即座に反応することが少なくなり、冷静に受け止めて、じっくりと見たり聞いたりできるようになってくる。
あえて意識しなくても、自分に言い聞かせたりしなくても、「良いとも悪いとも云えない自分」、「人の言動や出来事に一喜一憂しない自分」ができてくる。

先ずは、そういう自分たちに成り合って、職場や家庭や日常会話でも、人の中身について語り合おう。


1961年3月 理念研より一部抜粋
内部機構をつくる上にも、元の心の面、仲良しになるための三人制にしても、一人で偉い人になる専制者は嫌われる。
よろこんでくれるとしても、物欲の人が喜ぶのやったら、ええかげんなもの。
蒔いた通りの種が生える、簡単なこと。
気持のない行為は一切無効の行為。
真底にあるものを見ての配役、非常にプラスに見える人は、又マイナスがある。
差引残高を見る、スプーンの例。
着実ないき方ができる人が、実顕地の実権を握るようにする。
最後のどたん場になったら、どうなる人やろかと着眼する。
熱心にやっている人でも(理論、行為共に)自分の考えに合っているうちはやる。一度自分の考えに合わんとなったときのことを見たらよい。
喜ばしたいは(内容によるが)全部(金銭報酬を求めないは初歩)報酬を求める。
山を良くしたいも、私から出たものは(気に入っている為だけ)
どんなことでも、研鑽生活に始まって、研鑽生活に終わる。

Category: < 世界革命 > | 2007.06.19 Tuesday 15:00

いよいよ 第一案

その限界を定めて、お互いにその線を越えないこと。
                 (14.人情社会組織に改造)


「自由」って、とても簡単なことで、獲得することでも作り出すことでもない。
元々の何もない状態が「自由」。押し付けや束縛がない状態。
こんなもの実現できない人間は、やはり、かなり狂っている。

「自由にしよう」とか「自由になろう」なんて云わなくても、万人元々自由なんだけど、自分の自由は主張するくせに、人の自由を平然と侵そうとするのがいるから、他から自由を侵されないように、「自由を守る」機構・制度・運営が要る。


容喙・・・くちばしを入れること。横から口出しをすること。
干渉・・・他人のことに立ち入って自分の意思に従わせようとすること。


人は人の行為を縛る必要もなければ、人に行為を押し付ける必要もない筈。自分がやろうと思うことをやる。これは人間に限らずどんな動物でも、そうだと思う。

人にやめさせようとする、人にやらせようとする、それが、そもそも狂った人間の症状だと思う。だが、「悪いことだから」とか「良いことだから」と云って、これらを正当化している。

「自由」という言葉じゃなくて、「自由」とは、どういうことか。
ABC、イロハ、の基礎からしっかりやろうか。
人はその人の意志で行動する。つまり、私の意志で私以外の人が行動することはないのだから、先ずは、限界を定めなくても、元々ある限界を知ろうね。

妻がご飯を作るも作らんも、遊宴・外泊しようとも、こちらの意志とは、別のこと。そんなんで束縛や押し付けが出るなら、自由なんて、とても無理と思う。こういう場合も、倫理観や道徳観を入れて束縛や押し付けを正当化する。


不意に誤って害を及ぼしてしまうことはあるかもしれないが、故意に人を傷つけ危めようとするのは、やはり、人間の狂いから来るものだろう。
人に迷惑や危害を加えることは、狂った行為ということになるが、「迷惑や危害」ということを取り違えないように。

例えば、急に仕事を休んで迷惑をかけたというが、仕事の邪魔をしに来たら迷惑だろうが、休んで何もしないことが、なぜ迷惑なのか?
夫が他の人に気がいって、妻が不幸になったというが、かまってくれなかったり、他の人を好きになることが、人を不幸にするのか、どうか。
もっと、極端なことを言えば、あの人の存在が迷惑だと思う人もいるかもしれない。じゃあ、その人は存在していることで迷惑をかけていることになるのか。

自分の思い通りにならないのを迷惑だとか、被害を受けたとか、思う人も狂った人間の症状だろう。

今の人間界では、束縛し合い、押し付け合いによって、社会秩序が保たれ安心して暮らせる、となっているから、「自由を実現する」と、とても迷惑で害毒のように嫌う人も多く出るだろう。
何の危害も及んでないのに、「けしからん」「許せん」「放っておけん」と、自由を逆恨みされる場合もある。



研鑚コミュニティが、真に自由な天地であるために、先ず整備したい真の人間向きの機構と運営。
研鑚ライフサポートで、最も力を注ぎたいところ。
その限界を定めて、お互いにその線を越えないこと。

Category: < 世界革命 > | 2007.05.29 Tuesday 18:00

「人間性の解明」から・・・「研鑽社会現象」へ

<人間性の解明>
人間の特性である知能を生かす。
人間の知能を育み生かすことによって、人間らしく生きることができる。

<知性ある人間らしさ>
怒りや争いがない 疑いや憎しみがない 強要や侵犯がない。
人を愛し、自分を愛し、凡てのものを愛し、共に生かし合う。

<現状とのギャップ>
優秀と云われている学者・識者にも、怒りや争いがある。それは知性が足りないから。
人間らしく知性や心を育てるために、教育や躾を重視するが、教えられ、それを信じ、善悪を習い、常識や道徳を身に付けても、表面的なうわべのものは出来るが、決して人間性は育たない。
むしろ、教育や躾は人を裁く頑固さを植え付けるものであり、知能の育成を阻害する。

<知性を育み生かすプロセス>
自分を知るために自己を観察する。
自分の存在を調べ、自分の成り立ちや背景や凡ゆるものとの関連を知る。
         
人生を知るために人の存在を調べる。
人の一生を観察し、人生の目的や生きがいを知る。
         
社会を知るために人間本来の姿・本当の生き方を調べる。
人生の目的・人間本来の姿に適った社会組織や環境や生活を創造する。
「知性を育み生かす」とは、子供や青少年のことではなく、生涯を通じて人間性を高めていくということ。ここまで高めたら終わりというものでない。
成熟するほど崇高な知性あふれる人生が実現する。
知能を具えた人間である以上、万人もれなく、知性を育て、崇高な人間性を発揮することができる。


<社会の解明>
監視や取締りや罰則・抑圧の要らない社会
義務や責任、常識や道徳を押し付けない社会
ものの占有や偏在がなく、貧富の格差のない社会
他からの力に依らない自主自発的な各自の内なる知性と愛情によって保ち合う社会

<現状とのギャップ>
自由・平等を否定する人はいないだろうが、現状は、してはならない・しなければならないことだらけで、会社でも学校でも家庭でも人の上下を当然としている。
ある程度の不自由・不平等は当然として、それを外したら、社会が混乱するとしている。
教育や罰則の要る法律で治めていこうとする社会では、教えることや取り締まることを止めると秩序が保たれない。
社会的に認められることは良いことで、それに反することは悪いこととし、飴とムチで動物のように人を動かす社会では、その社会通念に順応して人々は生きている。

<具現方式によって>
先ずは、何でも言える、何でも聞ける、じっくり調べることができる「研鑽の場」を設けよう。
誰もが冷静に調べる時と場を得て、自分自身の中に、自分を知り、人生を知り、人間性を高めようとの方向性が見つけ出されると・・・、
一足飛びには行かないが、少しでもそのような暮らしを実現したいとの欲求が生まれる。
         
次に、何を願っているのか、本当の目的は何なのか、とことん調べる「目的研鑽の場」をもとう。
そこに同じ有志が相寄って相談することで、人間らしく成長し合っていく生き方、そうできる社会も不可能でないことが見えてくる。
         
そして、実現するには何が必要か、どうしたら実現するかの「方法研鑽の場」が生まれる。
次々と具体的な方法が考案され、生活環境や社会機構・制度の試験・実験へと具現化していく。

<研鑽社会現象>
研究に向いた人は、研究所を組織して、人や社会の研究に傾注した。
<研鑽科学研究所>

そこから、知性を育み生かす方法が、いろいろ考案され、試みとして各種の研鑽機会が設けられた。そして、生涯研鑽生活制度が、人間社会には不可欠な要素として、凡ての人を対象にした知性を育てるための機関へと発展してきた。
<研鑽ライフセンター>

研鑽ライフの軌道に乗る人が続々と生まれ、人間性を高め合おうとする暮らしや仕事へ、そして社会へと変化が現れてきた。
自ら進んで人間性を高めようとする人には、従来の義務や責任や監視も権利主張も要らなくなってくる。
それぞれの心からなる社会活動が、思いっきりやれるよう、互いにサポートし合っていく。
来る日も、来る日も、自分を調べ、人生を調べ、皆が快適に暮らせる社会を描きながら、知性を育て合い、互いを生かし合う親和協力社会現象。
<研鑽コミュニティ>

Category: < 世界革命 > | 2007.04.15 Sunday 09:00

知恵と理解 即ち 研鑽

  革命  ◆\個   結実
本来の自分を知るために
現状の自分を知る
真実の自分を知るために
本来の自分を知る
真実の生き方をするために
真実の自分を知る
その人の心を知るために
その人の言動を知る
本当のその人を知るために
その人の心を知る
本当の人生を知るために
本当のその人を知る
幸福を知るために
人間を知る
社会を知るために
幸福を知る
真の幸福を実現するために
真実の社会を知る
   現状を知る  →    本来を知る  →    真実を知る

を目指して、やろうとするが、 を経ないと、できない。
は、当り前すぎて簡単に見え、軽視しているから容易でない。
何ものにも優先する最重要課題との認識が生まれれば、実は容易。

産業・経済、経営に於いても、あまりに を軽視している。
その自覚がない。自覚がないから軽視していられるのだろう。

革命・・・根本的に覆す変革。「革」はあらためる「命」は天命の意

それには出発に先きだって、真の幸福や、人生の正態を確かめ、本当の養鶏とはどんなものかを知っておく必要があります。
            :
人類生活に花を贈るもの
本書は研究するためのものではなく、知るためのものでありまして、・・・
(山岸会養鶏法)

本当に人生を知らず、本当に自分を知らず、本当の生き方をしない程愚かなことはなく、実に惜しい一生である。(二つの幸福)

知恵と理解の 研鑚(愛和の誓)

研鑽を捉え違えた40年間の混線を紐解いていこう。
正しく知る、正しく理解する、即ち研鑚する 軌道に自分を乗せる革命を。

Category: < 世界革命 > | 2007.01.28 Sunday 17:49

人間らしく成長し合える社会

ー分を知るプロセス
人間には、自己を観察する能力がある
 私は、このように見た、このように聞いた、このように体験した。
 そして、私は、こう思った、こう感じた、こう記憶している。
 私の頭の中に記憶としてある、見た、聞いた、体験したこと。
 実際にあった物事とは別に、私の頭の中に存在する記憶。

 ある・ない、やる・やらない、できる・できない、要る・要らない、等々
 自分の感覚器官で捉えたものを、自分の頭の中にある知識・経験などの情報によって判断している。
 不足や余剰、多い少ない、良い悪い、好き嫌い、不平・不満、
 実際にある物事とは別に、私の頭の中に存在する価値観や感覚。

 自己を観察することにより、自分の頭の中のことであるとの自覚が生まれる。
 自分自身を観察し、捉えようとするのも、自分の頭の中のことであり、
 観察しても、しなくても、どのように捉えても、捉えなくても、頭の中のものとは別に、実際の自分の存在がある。

 自分の頭の中で起こっていることを観察する。
 自分自身の存在を観察する。
 2006.12.13


⊃誉犬鮹里襯廛蹈札
人間には、把握し、理解する能力がある
 人も物も自分も単独で個別に存在しているものは何もない。
 自分は親から生まれ、人類は動物から生まれ、生物は地球から生まれ・・・
 自分と呼んでいる個体は、生きている間の意識がある間の概念であり、
 その生命活動や生活行動は、過去から引き継がれたものと、周囲から齎されたものによって構成されている。
 意識するしないに関わらず、肉体的に精神的に、人間らしく、その人らしく、健康であろうとする作用が、生きている間、一貫して働いている。

 一生涯、単独での存在はなく、一瞬も止まることなく変化している。
 自分の人生も、人の人生も、切り離したり、固定して捉えることは出来ない。
 その人だけの人生というものはなく、どの人生も過去を受け継ぎ、未来を孕み、周囲から齎されたもので存在している。
 そして、いつでも誰にでも、そのものらしく健康であろうとする内なるエネルギーがある。
 人間は人間として、物はその物らしく、自分は自分らしく、生きる力、愛する力、生かす力
 人間を観察する。人間が生きて行為をする人の一生というものを見通す。
 自ずと人生の目的が理解できる。
 2007.01.28


社会を知るプロセス
人間には、考察し、創造する能力がある

未完 (継続記述)



その社会が最も大切にしているものが、自ずと、そこの社会気風となる。
「人間らしく成長し合う」ことに焦点が定まると、制度・機構、政治・運営も皆それに適ったものになるのは必然と思う。

人間が知能を生かして、人間らしく成長していく過程を3段階に分けてみた。
知るための方法、成長するための方法など、方法面については、年齢や能力によって異なるであろうから、それぞれに適した方法を研究し考案する必要がある。
「知る」ということは、知識的な情報の記憶ではなく、順序・過程を経て自分の知能で理解し会得するということで、「知る」に応じて「人間らしく成長する」とも云える。

つづく
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