BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 世界革命 > ――
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Category: < 世界革命 > | 2008.04.21 Monday 11:00

本質的なものに重点をおく 2

5年ほど前だろうか、山岸会初期からの人、初めて鈴鹿を訪れた時に、さぬき兄弟やつくしんぼ保育園を紹介したけど、全く興味も関心も示さず「ここでどんな研鑽をしているのですか」との言葉。実に淡々と、又すがすがしくも聞こえ、とても辱かしく思った。

○○さんライフミーティングに来たよ、すごく喜んで帰ったよ、合宿研にも参加するって、会員にもなるって、
○○さん鈴鹿に引っ越して来るって、as oneで働きたいって、
・・・何を言いたいのだろう、何が嬉しいのだろう、どんな心境なのだろう、
事業をやろう、お店をやろう、若い人が集まった、評判も上々、業績も上々、計画も着々、予定通り、予想以上、思いがけない嬉しい事態、
・・・何をやろうとしているのだろう、何が嬉しいのだろう、どんな心境なのだろう、

本当の積み重ねからしか本当の実現はないと思うけど。
私がやっていること、私が嬉しいと思うことは、本当(真実)なのか。
本当・真理・真実 を私は嬉しいと思い喜ぶのか。私の喜びは何処から?

成績が上がるのを子に望む親なら、成績上がれば嬉しい
礼儀正しきを子に望む親なら、礼儀正しくなれば嬉しい
研鑚会へ行くことを望むなら、研鑚会へ行くとなれば嬉しい
自分が正しいとか良いと思うことが実現すれば嬉しいという次元ではどれも同じかな。

「本当の社会」とか「本当の生き方」とか言うけど、ホントウに「本当(真実)」に関心あるのかな? そこをメインに暮らしているのかな? あまり関心あるように見えないけど・・・。
あまり関心ないのに 実用・実現する筈ないと思う。

Category: < 世界革命 > | 2008.04.19 Saturday 09:00

本質的なものに重点をおく 1

実名をあげた方が、グッと現実感でるかな・・・
M さん T さん S さん O さん K さん T さん etc.・・・
自分のための稼ぎ働きではない人ばかり。
・・・・けど、現象面を見て、自分の中の良いという思いで決断・判断し、自分が良いと思う状態だと喜んだり評価したり・・・
この人たちが、現象面よりも本質的な方へ重点いけば、いくだけ、それぞれの持ち場の実態が全然違ってくる。(この社会実現はこの途しかないよね)
「本質的なものに重点をおく」って、なんだか人任せ?自分がやることだと思っていない。どうすることか分からないから?
でも、ここをやらない限り、現象で喜ぶ感人種の乱造だよ。特に他の人に関わる役割に就いている人は・・・。
重点、関心、着眼点・・・って、そこに置こうと置こうと強く思ったって置けるものではない。
やはり、調べて、調べて、目的・狙い・理想・本当・・・自分の中を研鑽。
自分の中で重点を置くところが変わっていくもの。変わっていくというよりハッキリしてくるのかな。今はハッキリしてないのだろう。
現状は、その人がやろうと思うことをやっているのだろう。
こちらから見て「本当にやりたいこと、やろうとしてるのは、そこじゃないだろう」と言いたいけど、それを言ってしまうと分からなくなって固まってしまう・・・?。
まあ、各々、ご自分の抱かれる理想社会を目指しての活動以外ないんだけどね。

さて、本題の「本質とは」なんだけど、言葉で云えば、あまりによく知っているよく分かっているというヤツだ。そんなによく知っているよく分かっているのに「なぜ日常生活でそこに重点を置かないのだろう?」と、こちらから見ると不思議でならんのです。

Category: < 世界革命 > | 2007.11.20 Tuesday 00:00

「普通観」 っていうか・・・

普通の会社 普通の住まい 普通の学校・・・
会社・住まい・学校といっても、特別なものをやろうとしているわけではない。
普通とは、当然・自然・元々・元来・本来・正常・本当・真実・真理即応・・・
無所有とか一体とかヤマギシズムとか研鑽とか言っても言わなくても、それは普通の人間の普通の社会のこと。

自分は何を普通としているか
自分の考え方や活動に特別な価値付け意義付けをすることによって力が湧く人がいる。それは、何か特別の思いで特別の事をやる意識の人の集まりにしかならないだろう。
「怒りや争いのない全人真の幸福」は特別なことではない。
(例えば、動物の体は水よりも軽く、泳げるのが当然で、普通に泳げる人から見たら、泳げない人が如何にジタバタしているか、よく分かる。逆に泳げない人からは泳げる人が 「スゴイ」と見える。)

普通の人 普通の社会
自分の頭の中のもので、正しいとか、事実だと、キメツケられないのが普通の人間だし、人にやらせたりやめさせたりなんて当然できないし、誰々の物だからと使用を禁止するなんてできないし、できないことしようとしないのが普通だろう。
普通は、束縛・押し付けや無理がなく、自由・平等で明るく豊か。

普通の会社・住まい・学校をやれる人になって、やろう。
あえて力説することでもない、会社・住まい・学校をやろう。
それは、旧来の社会・世の中が、普通へと ヒックリ返る(革命される)こと。
普通の社会を遺し、引き継ぎ、贈りたい。
自分の中にある普通観をベースに生きているということ。
どんな社会(世界)に立って生きていこうとしている毎日か?。


 本当に幸せな社会に立って生きていこうとする毎日かどうか振り返ってもみると、いろいろもっともっと究明しなければ、人の中へ行けないと思う。
 信仰と研鑽、協同と一体、男女夫婦のあり方、など。宗教の問題もこの理念からいった方が早いと思う。
 どれ程早く真理即応の、仲良く楽しい、よりよくより正しい生活が出来るか考えていったら難かしくないと思うの。いきにくいと思うそこに観念なんかがじゃましてね。「いけるかい」と、そんな観念から人ごとになってくるもの。
 真理に即応する現在唯今それの連続かと思う。
 社会に拡げる前に、自分自身が間違った生き方で苦しみ路頭に迷わすことになっても大変だし、案外この真理即応でいけば簡単にいける。いけるのが当り前や。・・・・
     1960.7.21 第一回 ヤマギシズム理念徹底研

Category: < 世界革命 > | 2007.09.09 Sunday 12:00

現状そのままで

「現状そのままで」とは、現状社会の肯定ではない
破壊や撤去、損失や犠牲が要らないということで、人心および社会を根本から画期的に大転換して、混乱なく世界革命が遂行されるという意味を持っています。

「現状そのままで理想社会に生長する」という言葉に魅力を感じる人は多いだろう。
しかし、受け取り方によっては、既成社会の中で心持ちを正して、仲良く協力し合えば、理想社会が訪れるかの如く、幻想的な甘い考えで幸福運動をやっているつもりになって、自己満足に浸っている人もいる。
社会を良くするとか社会気風を醸成するというと、精神面のことに偏よる人が多いですが、・・・
社会機構を革新し、→ 社会気風を改善して、→ 物心共に豊かな理想社会を創り、→ 人類の幸福を最終目標としておりますから、・・・
世界革命実践の書 まえことば より   ・・・という順序があるように思う。

無所有とか一体についても「これが本当だ」となる前に(ならないように)研鑚を実現することだと思う。
私たちが用いる「研鑽」の言葉から行くと、研鑚社会とは「キメツケのない社会」「本当はどうか調べつづける社会」という意味で、
「キメツケなく本当はどうか調べつづける制度・機構・運営」とも言えるだろう。
先ず、そういう社会を実践しつつ、そこに顕われてくる実態。
社 会 構 成
義務や責任を負わせない
禁止や強制がない
許可や承諾が要らない
統制をとる必要がない
家計はあっても囲いがない
一つにしたり一致させる必要がない
心 理 的 方 面
怒りや疑いがない
遠慮や気兼ねが要らない
優越感や劣等感がない
差別感や上下感がない
私有占有がない
損得勘定(感情)がない

現状そのままで、無所有一体研鑽社会化の実験。
研鑚社会と既成社会との違いは、現象面では見えにくい。
研鑚生活する人が研鑚社会の構成員であり、その都度その都度、研鑚社会の構成員かどうか、その人次第。
「一つ財布」とか「生活調整機関」とか「一体経営」等を設けなくとも、実現されるヤマギシズム研鑽社会の実態。

現「研鑚ライフセンター会員」約100名およびその家族。その他、長年 ヤマギシで暮らした知人数十名。鈴鹿に来てからの関係者多数。
右の画像をクリックして拡大表示でご覧ください。⇒⇒⇒
地図の中は四十数戸ですが、もちろんこの周辺にも多くの会員宅があります。
距離感の目安としては、研鑚会場〜as one蠅、200m弱です。

Category: < 世界革命 > | 2007.08.26 Sunday 07:00

研鑽ライフホームの実態

1.研 鑽 ラ イ フ ホ ー ム 概 要
<真実の世界>
 各々真実の自分を知り、それぞれが真実の生き方の出来る社会
<昼の世界>
 枝葉・末節・表層のみに捉われないで、根源本質的なものに重点をおき、全体総てを明るい真昼の状態にします。
 政治・経済・社会・家庭等人類のあり方凡てに亘り、現状その侭で陽的に、愉快に、案外容易に、恰も暁に陽光が及ぶ が如く照らし出されて、明るい昼の世界が実現します。
<豊満な世界>
 物が泉の如く無限に出来て、水のように低い欲しい所へ自然に流れて来る仕掛けにし、心の面でも、安定と満足に暮らせる社会を目指しているのです。

2.研 鑽 ラ イ フ ホ ー ム 構 成
<研鑽会>
幸福な人生・快適な社会を実現するために、日々、研鑽会を行ないます。
 現状を指して「何故なのか」「どうするか」といく前に、自分・人・物事の事実・実際をよく観る研鑽。そして、「幸福な人生とは?」「快適な社会とは?」と、目指しているもの・本当の目的・真実を知る研鑽。

物事や人の言動についても、結果や表面的なことに捉われないで、本質的な中身に重点をおく研鑽。「実際はどうなのか」「実際はどうなのか」と、善し悪しもなく、解き明かしていくと、成り立ちがよく見えて、事態は変わらずとも、問題視は氷解し、展望が開け、現状その儘で、明るい爽やかな明日の姿が描けてくる。

そうして、自分のこと、人のこと、家族のこと、仕事のこと、家計のこと、過去のこと、将来のこと、人生万般について、話し合えるようになり、自ずと自他の隔てはなくなり、狭い自分の考えにとどまらない、多くの珍案・妙案・アイデアが寄り、和気藹々賑やかで暖かい気風みなぎり、人も物もお金も仕事も家庭も凡てが溶け合い通い合って、豊かに楽しく暮らせる社会が実現していくのです。
 毎日でも寄りたい研鑽会、日と時間を決めて、たやすく寄り会える場所で行ないます。

<メンバー>
 「研鑽ライフホームメンバー」とは、文字通り「研鑽人生の道」を歩む人、自らの「研鑽人生プラン」で暮らす人をさします。
 研鑽ライフは、一人でやってもよいのですが、周囲との違いのために消極的になったり、焦点がボケたりすることもあるので、同じ思いの「メンバー」がいつも寄って相談しながら暮らすことで、そうすることが研鑽ライフの大道となり、それぞれが道標となり、研鑽ライフというものが誰にも解り易いものとなります。
 自らが研鑽生活するということにとどまらず、「メンバー」が寄ることで、誰もが研鑽ライフに触れることができ、自分を知りながら、研鑽ライフの道に乗れるキッカケの役目を果たすことにもなります。

 しかし、研鑽ライフの軌道から横道にそれたり、研鑽ライフプランを見失いそうになった人は、一旦「メンバー」から外れることもあります。
 現「メンバー」は7名程だそうです。また、研修生コース・日常化レッスン等で「メンバー」候補続々誕生とのことです。
 「メンバー」は相互認証によって選ばれますが、どういう「メンバー」で研鑽ライフホームを構成しているか、研鑽ライフセンター会員などには、その都度公表していくという案は、いかがでしょう。

Kensan ・ Life ・ Home(2007.05.17)参照
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