BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― < 精神革命 > ――
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Category: < 精神革命 > | 2005.11.01 Tuesday 09:45

感覚主導という自覚

自分の身に絶えず作用している気圧や重力など感じることができない。
地球の自転や公転も、地表が球面であることも感じることができない。
身近な人には自然死でも深く悲しむことがある。
遠くで多くの人が悲惨な死に方をしても、さほど悲しみがない。
自分の体内のことでさえ異状を感じないから大丈夫とはいえないもの。
そこで、「感覚」とは、「感情」とは、どういうものかとの認識が始まる。

現実を見てみると、
食べるのも、着るのも、行動するのも、是か非かを決するのも・・・、
選択判定の基準は「感覚」で、行動の原動力は「感情」か。

いつも「感覚」が最前列に居座って指揮をとっている

Category: < 精神革命 > | 2005.10.17 Monday 09:42

自覚のない自分を自覚する

人間にとって最も必要な自覚の始まり。

この世に、嬉しい出来事とか、悲しい事とか、感動するような光景・作品・行為なんていうものは存在しない。つまり、美しい景色とか、美味しい食べ物とか・・・。
感情は、人や物事に対する反応ではなく、自分なりに認識し捉えたものと自らの内にあるものとの自己反応だと思う。それを、物事に対して反応しているのだと捉えがち。

自らの内なる自己反応。思考も言動も自らの内なる自己反応。意識を伴わない日常生活行動など、食べることも、歩くことも、話すことも、働くことも、・・・。

そういう自覚のある人と、自覚のない人との違い
例えば、事故が起きた、値上がりした、あの人がこう言った 等々、捉えた自分の中で、どうなっているか(自己反応)。事実かどうかでなく、事実は事実でいいんだけど。

飲食する、衣服を着替える、トイレに行く、人に声をかける 等の生活行動を 自然な行為だとか、自分に合った無理のないパターンだとか、或いは人や物事に対して反応しているんだと思いがちだが、ジツは、実は、その人の持っているものが、ハッキリ現われているのだから・・・。自覚がないだけかなーー。
共に暮らしたり、話したりする中で、そういう自覚のある人と、自覚のない人との違いは大きい。

Category: < 精神革命 > | 2005.10.14 Friday 09:41

私は、なぜ? という問い。

生涯学究で、「何故?」という問いで調べることがある。
生涯学究での「何故?」は、「私は、なぜ・・・?」という問い。

私は、なぜ・・・? と問うても、
 誰かに返答をしようと、知識・経験など、知ってることを羅列して説明・納得する人や、
 そのことを分析して、理由や原因を突き止めようと、考える人がいる。

私は、なぜ・・・? という問いは、私に尋ねることであって、知っていることで理由を説明したり、原因を考えることではない。
自分に問う(自問する)ことが仲々できない人がいる。すぐに知っていることが出てくる。頭で考えて返答しようとする。 
自分に聞いてみて、自分の中から何が返ってくるか。何も返って来ない場合もある。何を問われているのかさえ分からない場合もある。

自分に尋ねてみて、自分の中から返ってくるもの、それによって自分を知る。
あれやこれやと考える前に、知識や経験で何かを知ったつもりになる前に、先ず自分に聞いて、今の自分を知る。人間にとって最も必要な自覚の始まり。 

Category: < 精神革命 > | 2005.10.09 Sunday 09:40

今日から予科課程

今日からの予科課程 今までになく参加者が多いみたい。
どうしたことだろう。今年の始めころは参加者が居なくて、開催休止したことも何回かある。
生涯学究 予科課程・・・・研鑽体得 予科課程 としてやろうとしている。

研鑽体得 やはり、研鑽そのもの、ヤマギシを知って、20年、30年、研鑽と呼んでやってきても、研鑽そのものが、さっぱり!という実情もあると思う。
特講・研学すら体験してない世間の人より、ましか? いや、そう云えるかな?
研鑚には、あまり関心がなくて、「自分がいいと思うこと」をやっている。それが実情かなー・・・・。
「自分がいいと思うこと」をやらなくて、いったい何やるの? それのどこが間違っているの? という実情かなー?
研鑚生活とか、研鑚社会とか、今からホントゼロからのことのように思う。

Category: < 精神革命 > | 2005.08.23 Tuesday 08:37

人間の考え (自分の考え)

「人間の考え」という響きは客観的であるが、またその反面、よそごとになり易い。
「人間の考えの不確かさ」とか、「人間の考えの傲慢さ」などを取り上げる場合、その実態を知るには、「自分の考え」に焦点を合わせることだと思う。
人間が「人間の考え」に自信を持っている、そこから来る「人間の考え」主導の営み。つまり・・・、
自分が「自分の考え」に自信を持っている、そこから来る「自分の考え」主導の営み。しかし、この自覚がとても薄い。
「人間の考え」とは、どういうものか、を知ることと同時に、今に至る人間界の営みは、どのような「人間の考え」によるものか、検証することかと思う。
「人間の考え」の状態や作用を具体的に調べていくということ、それは一般論ではなく、実在する「人間の考え」を調べることであって、
「自分の考え」の状態や作用、「個々一人一人の考え」の状態や作用を調べることだと思う。
実在する「人間の考え」は、どのようなものか。
それは、今の「自分の考え」が、どのようなものかを調べることから始まる。
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