BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― <山岸さんの声など> ――
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Category: <山岸さんの声など> | 2009.11.25 Wednesday 00:00

非常識 大好き!

最初の飛行機の考案・実験
罰則も統制もない社会の考案・実験・・・
考案の段階では、誰も相手にしない。
実験の段階では、失敗をあざ笑う人ばかり。
わずかに進歩的な人だけが注目する。
荒唐無稽・非常識とされていたことでも実用化されれば、やがて、それが常識となる。

Category: <山岸さんの声など> | 2009.05.13 Wednesday 18:00

ことばと真理  ― 考える ことば ―

・欲が小さい。余りにも欲が浅い。多くの人々は一体、何を得ようとしているのであろうか。
・養鶏が目的でない。幸福が目的である。
・物が有っても無くても、幸福である世界に住みたい。
・物の平等だけで、お互いむつみ合って行くことは出来ぬ。
・かつてA、B二つの養鶏家達のグループがあった、Aは物が平等に満ちたグループ。Bは物に於て不平等のグループであったが、
 Aは絶えず猜疑し合い、争い合った。
 Bは常に信じ合い、むつみ助け合った。これは、
 Aは普通の人々の集合に過ぎなんだが、
 Bにはたった一人、謙虚で神の如き人があったからである。
・誰か、きっかけを作る人がほしい。人のために、一番損をし、一番ただ働きをし、一番謙虚で、そして一番楽しむ人を。
・私は、神の有無については別に述べる。神というものが有りとするも、神によらなくとも、人間の知能によって、万人が望む幸福社会を実現し得る。
・この世には解らないものが甚だ多い。しかし、解らないことを、神で片付けるのは卑怯である。
・理想は、空想と違って実現出来得るものである。古往今来、すぐれた人々によって、理想は高く掲げられた。しかし幾千年を経ても、現実の世の中は、その理想に反するかに見える。これは理想の実現に、方法を以てしなかったからである。
・諦めでものを解決したくない。
・技術だけで研鑽会に来る人がある。欲の最も小さい人と云わねばならぬ。我々の養鶏法は、精神五〇、経営三〇、技術二〇であることを、知らないのであろうか。
・甘えてもいかぬ、甘えかしても悪い。
・私に後継者を作れと云う人がある。とんでもない。実は私一人で耐え切れぬのである。我々の養鶏法は、各自の持っているよいものを持ち寄って、創り上げていかねばならぬ。
・物欲で対したら必ず負ける。真理に即した智慧を以てすれば、常に不敗である。
・席順のゆずり合い、身分の上下、言葉づかいや、ことさらの儀礼に心せねばならぬ社会、こんな無駄ごとに心をくばる社会を無くしたい。
・人情的に―。私はこれを尊ぶ。
・遠慮は無駄ごとである。
・何でも云える仲になりたい。
・真に分り合うには、夜を徹して語り合うことである。万象眠る、ただ二人のみ、その中に覚めて語る。真に分らぬとゆうことはない。
1954.9.25 山岸式養鶏会会報二号より
 以上、折にふれて聴いたことを、記憶をたどって記したものであります。従って、御本人の御意志に反した表現があったり、全然間違った点もあろうと思います。これはすべて文章の私にあります。真を邪に聞くうつけ者を、ただ叱って頂きたいと思います。(山本英清 記)

Category: <山岸さんの声など> | 2009.04.27 Monday 09:00

私の倫理  私の社会倫理

山岸式養鶏会会報創刊号より    發信寄稿録の中から
同行愛農會の諸兄姉に   和歌山県海草郡紀井村小豆島 愛農會本部へ
 東北より九州に至る全国愛農会のよき指導者、推進会員諸兄姉千数百氏を向陽校にお迎えし、私の日頃抱懐している一端を述べさせて頂いたことを光栄に存ずるものであります。
 私は当日も申しました如く、古今を通じて最大の欲張りを持って任ずるものであります。またかくあらんことを欲するもので、人生ある限り、百万年の生命、無限の存在を確信し、日常茶飯事にも永遠に大きく生きん事を心するものであります。私は拙ない私の養鶏寸話を、一億円のお土産と、自ら勿体付けました。しかし決して誇張する意味でなく、現実、当座の一億円であって、種子一億円を持参し、これを各地方地方へお持ち帰り下さって、皆様方の尊い御手によって地に下ろし、御愛育願い、同心の方々に広く御分譲下さって、一粒万倍に、地上に花を咲かせ、穫って、もって実を心身の糧にして頂く事を念願するものであります。
 山岸会では母子系図を作成しています。親から受けたものをその子孫に与える。会への導きをされた人を親とし、その親の心になって子孫に伝える人を、その親の子としています。性別・年令・国籍・賢愚・学歴・地位・身分を問わず、親はいつまでもこの系図から消えず、子のまたない良き親となって頂いているのです。

 私の倫理「親は飽くまで子に資するもの」、枯木となって、朽ち果てるとも、子に尽くし、子孫の繁栄を希うものとしております。子は自己の延長である。この身は永久に絶えない。交代身が子で、しかも社会連鎖の形で子孫に自己が生きているのであり、子孫の繁栄・幸福は自己を全うすることであります。親は子に与えて、与えて、持てる限りのものをなお与え尽くして、子から親に対する報恩は決して求めない。唯願うことは、それをその子に、子は孫に与え、自己の欣悦の日常は子孫の欣悦に共通する繋がりを明示して居ります。

 私の社会倫理「自己より発し、自己に返る」、これは心理学的に証明出来ますが、また物質に結び付いた物質面から説明するに、実在数理で割り切ることが出来るのであります。私は本編では、永年職業としていた関係上、養鶏を取り上げておりますが、養鶏そのものは社会構成上実に微細な、取るに足らないように見える分子に過ぎませんが、この一事を引出しまして例えて試ましょう。
 暗夜に艫を漕ぐと申しましょうか。自分では善いことをしていると信じて渾身努力していることも、案外逆艫を漕いでいる場合があり、舵取りが悪いと目的の方向へ進まない事もありますし、方向を間違えて堂々廻りをして彼岸から遠ざかっていることもあります。
 養鶏に限らないわけで、何によってでも、彼岸に達すれば良いが、私達はその手段として養鶏を取り上げた場合も、目標を違えないよう、堂々廻りをしたり、額に汗して逆艫を漕ぐ愚かさは止めたいものです。目標、彼岸とは何か。愛農会の地上天国、私達の月界、字句は異っても意は帰一するもの、人間皆同行なるの所以です。この養鶏法も舟を進めるための艫でありまして、逆艫とならないよう心掛けたいものです。艫を揃えて、子孫と共に天国に楽園を造りましょう。
 

Category: < 人 間 理 > | 2008.03.07 Friday 09:00

その人 受けたもの 現象化


録音を聞くには、文章をクリックして下さい。

Category: <山岸さんの声など> | 2006.12.23 Saturday 11:37

この目的のために、このあり方で・・・

録音を聞くには、文章をクリックして下さい。
↓ 山岸さんの声の抜粋です。(1961.4.2 名古屋にて)
農業養鶏やる場合にでも、何やる場合にでも、百姓するのでも、商売するのでも、教育でも、子供を育てる場合でも、どんな場合にでも、寝る場合にも、また食べる場合にも、或いは映画を見る場合にでも、散歩する時でも、やはりこの、すべてがこの、みんなが一つになって仲よう楽しく繁栄していく、と、この目的のために、またそういうあり方で進むこと以外にないと思うの、道はね。
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