BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑚セミナー 〜 as one ――

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Category: < 世界革命 > | 2006.03.25 Saturday 09:26

研鑚セミナー 〜 as one

Nさんのブログを読んで・・・

    われ、ひとと共に繁栄せん の考え方か、そうでないか、
    決めつけ の考え方か、そうでないか、
    みていくところはそう多くないように思った。

共鳴・相通ずるところが、すこぶる多い感じがして、力が漲ってきた。
僕の視点・観点・要点・ポイント・エキス・真髄・・・は「研鑚と一体」
人で云うなら「研鑚態度と一体観」があるか、どうか。

普通の何も無い状態なら、他と隔てなく溶け合うのは自然、当然。
さらに一体観となると、動物的な自然状態だけでなく、理知的な世界観が具わる。人間愛・絶対愛。
何も無い自然状態 → 理知 → 一体観 という順序と思うが、ここで「理知」が問題。
教育・学習・キメツケ・思い込み・妄想・信仰・・・などなど、殆どが、理知とは逆方向の今の人間界。
不安・心配・悩み・苦しみ・怒り・憎しみ・優越感・劣等感・充実感・達成感・満足感などなど、殆どそれの現われだと思う。
人間らしい理知が働いた状態には、こうした迷妄はないと思う。
そこから、本当の一体観、愛の世界が始まる。
迷妄あるまま、「仲良く一体でやろう」は絶対無理と思う。

観ていくところは、そう多くないと僕も思う。
僕は「研鑚と一体」。その一環として、僕の中では「研鑚セミナー と as one」がある。
「この世界に固定しているものは何もない」 「この世界に単独で存在しているものは何もない」・・・・(2005.1.28) これは、僕にとっての理念でもあります。
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