BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 私の社会像 5 ――

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Category: < 社 会 理 > | 2005.10.07 Friday 23:48

私の社会像 5

人は生まれながらにして、自分以外の人によって育てられ、人の中で暮らし、人から得たもので成長する。
空気・日光・水・衣食住用物資・自然動植物・温度湿度などが完全であっても、自分以外の人の要素を欠いては、安心も満足も幸福も語れない。
幼い子どもだと分かり易いが、周囲の人次第で、安心要素にも不安要素にもなる。人に対する不審や猜疑は、天変地異・自然災害よりも深刻で、生涯の不安・心配要素とも云える。
 ・人を受け容れ、人から受け容れられること。
 ・人を退け、人から退けられること。
このことが人の心に及ぼす影響は甚だしく、正反対の心の状態を齎す。
人を退けたり、人から退けられることが一切ない社会はどうだろうか。
人には本来、人を受け容れよう、人に受け容れられたい、とする欲求があるのではないだろうか。しかし、社会通念というものがそれを妨げているのだと思う。規則・道徳・倫理観・常識観が障壁となって、それから外れる人を受け容れない。
また、人はその社会に受け容れられようと努力するが、順応しきれない人は無理が生じ、脱落したり反社会的行動をとる。
これは大人社会のみでなく、幼児の小社会から始まっている。
誰のどんな発言や行為も受け容れる社会はどうだろうか。
悪事や迷惑行為を退けようとするが、元を辿れば、人に退けられ受け容れられないことから来る心の歪みが、そうした行為を誘発しているのだから、それを退けていては、ますます心の歪み不安定は増すばかりで、幼な子の時のように誰からも愛され受け容れられることが、心を満たし、悪行為をなくす近道だと思う。
生まれてから死ぬまで生涯、人を受け容れ、人に受け容れられて、人を愛し、人から愛されて、安心満足してすごす人生はどうだろうか。そういう社会の実現を図りたい。
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