BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 愛の世界は絶対一つ ――

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Category: < 一体の理 > | 2005.09.22 Thursday 15:56

愛の世界は絶対一つ

この世は一つ 宇宙自然万物一体  人類も一つ
 生物も無生物も物象面では、それぞれに存在し動いているように見えるが、
単独で存在しているものは何一つ無く、凡ゆるものが他と関連して存在している。
 例えば物象面においては、一瞬の停滞もなく悉く変化しているが、その中の物質をとらえて見ても、この世の物質そのものは、組成も性質も総量もなんら変わることがない。つまり、この世の物質は、増えたり、減ったり、新しく生まれたり、この世から消滅したりすることがない。物質は一つ。
 また、生命という形の無いものについても、現象面で生物が生まれたり死んだりしても、生命は増えたり減ったりしない。一人の人間が死んでも、その人体は細胞や微生物など無数の生命体で構成されている。生命は綿々と連なっていて動物も植物も個別の生命というものは捉えられない。生命は一つ。
 動物の肉体は食物の集積で、人間の思考や感情は周囲からの集積で、いずれも単独で存在しているものはない。
 この世にあるものを、人間が個々別々に捉えるようになり、その捉え方が普及して今に至っているが、この世は一つであり、分けられないものだとなれば、怒り・憎しみ・嫌悪・対立・抗争・優劣感・勝負感・損得感などが、自ずと人間界から消滅する。消滅するだけでなく、母子愛・夫婦愛の如く、自他を分かたぬ一体の愛情が発露する人間界となる。
 無辺の愛情は「一つ」の顕われ。愛は一つ。絶対愛は絶対一つ。

 物質とか生命とか人類とか、或いは、光とか重力とか、愛とか真理とか、人間よりの認識からくる捉え方。この世は分ける必要もなく、分けられるものでもなく、一つのもの。
 この世はそういうものではなかろうかという、これも人間がする捉え方。
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