BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑽をしようとして・・・ ――

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Category: < 精神革命 > | 2005.08.13 Saturday 08:33

研鑽をしようとして・・・

暮らしや職場の仕事でも、より本当を目指して、前進して行こうとして、寄って話し合う機会を設けたり・・・、

そこで、研鑽になるか、どうか・・・。
やはり、やろうとしていることの目的は何か、そして、そのやろうとしていることが目的にかなった手段・方法か、どうか・・・、

いつも、いつも、焦点が、ここにあるか、どうか。
何かことをやろうとして、やり始めると、「やる」ということが前提になって、そうすると次から次へと前提が増えていって、「あれがある」「これもある」「その上でどうしたらいいか?」などなど、で研鑽しているつもりになる。

殆どが決めた前提の上に乗っかって、極々狭い範囲を右往左往、苦心する。
「あれもやめられる」「これもやめられる」「そしたら、あれも、これも、みんなできる」

自分の中にある前提だけでなく、みんなで前提を持ってるから、前提を持っていることに気付かない。無自覚。
固定・前提・キメツケ・常識化しているもの(盲信)に気付く研鑽。
先ずは、研鑽の目標をそこに置いて研鑽会する。

いつもいつも、ああしたらどうか、これはどうしようか、と考え行なう中にも、「前提を持っていないだろうか」「決めて外せないとしているものはないだろうか」と、それの発見のために、みんな寄っての「話し合い研鑽」。

そうやってみて、「これも外せない」「あれも動かせない」「ああ、これも決めてるなぁ」「受けたんだからやらなきゃ」「約束したから相手に迷惑かかる」等々、キメツケ・盲信の実態を続々発見するための暮らし。研鑽会。
研鑽生活になろう筈がない盲信生活の実態を自覚する。楽しい。愉快。
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