BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― つづく ひとけんさん ――

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Category: < 人 間 理 > | 2005.07.08 Friday 08:23

つづく ひとけんさん

くどいようだけど、人に一番重要なのは、心の状態、心の世界の状態。

何をやっているか、とか、何を言ったか、ではなくて。
明るく、楽しく、面白く、暖かい気持ちでやっていると言っても、心の世界は、どんな状態か。
誰と会っても、どんな人を見ても、その人の心の状態に気が行く。「この人、どんな心の状態なのかな?」
誰でも、何にでも、悪くしよう、悪くなろうと、暮らしている人はいないと思うけど、・・・
誰でも、何やるのでも、先ず心の状態が先で、何にでも心の状態が現れるので、良くしよう、良くなろうと、するなら先ず心の状態を良くすること。

心の状態を良くする、と言っても分かりにくいけど、先ず心の状態に重きを置くというか、そこを外して何やっても駄目だということが、腹に入ったら、心の状態に関心が行くと思う。
正義感・道徳感・良かれと思っての行為は、観念的で宗教に似たところがあり、一生懸命に良いと思って、良かれと思ってやっていても、心の状態とは別のもの。思い観念を心と勘違いしているから自分の心を知らない。思い観念が邪魔をして心に届かない。

心の世界・心の状態は、人間の核とも言えると思う。
心の状態のことを「人格」とも言えると思う。(既成社会通念の人格者とは異なる)
何か良くできた人とか、立派な人という見かけのことではない。
心の状態、自分を知る人、自分の心底からの言動の人。 そういう人は観念的になって振り回されたり、人と一線を隔てたり、ひっかかって腹を立てたりしない。こういう現象を言うと、すぐに現象の方に気が行く人が多いが、現象ではなく、心の状態のこと。
現象面の現わればかりに気が行って、それを正そうとしても人格は変わらない。
腹立たなくなったって、ひっかからず楽しくなったって、それだけのこと、心の状態はイマイチのまま。

人に対しても、自分についても、心の世界の状態、自分で自分を本当に知る、自分の心底からの言動・・・・。そこにこそ人間の真価があるので、そこに重きをおかなければ、自分も人も人間扱いしていないのも同然。
人と人との繋がりの状態も「人格」心の対人的持ち方の現われ。

心の状態「人格」ということに真に関心がある人、気が行く人で、研鑚を重ねたい。そして、そこを基調にした社会気風(人間性重視=人格重視)を醸成したい。
そして、本当の意味で、人として、良くできた人、立派な人を目指そう。
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