BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― キメツケのない社会  ――

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Category: < 世界革命 > | 2005.06.26 Sunday 08:15

キメツケのない社会

 みんなの暮らしに関わること、社会的なことで何か決めると、「こうして下さい」「こうしないで下さい」と、みんなで決めたことだから、みんなで守っていこうと、守らない人がいると、決めたことが崩れるから、守らない人が現れないようにしていく。
 これは従来の社会では当然のことで、これなくして安心して社会生活は営めないとされているだろうし、そのことが個人の自由を奪い束縛している等とは考えないだろう。

 それとは反対に、社会的に決めたことを、「このように決まりましたが、どうでしょうか」と個々に尋ねて聴いていく社会。「キメツケのない社会運営」

 キメツケの社会運営の中では、個々は自ずとそれに適合して、キメツケを覚え習い守り、その中で暮らしを成り立たそうとする。
 キメツケのない社会運営の中では、個々は自ずとそれに適合して、自由に好きなように考え、思いを出し、検討して暮らしていける。

 住まいも、仕事も、育児も、お金や恋愛・結婚も、「キメツケのない社会運営」の中で暮らしている実態、そういう人が随分いる。
 また、近くに住んでいても、「キメツケのない社会運営」の恩恵が薄く、沢山のキメ事や前提を持って、自分の狭い考えで行動し暮らしてる人もいる。

 凡ゆることを、いつでも根本から見直せる軽い明るい社会機構や運営の充実と、その社会機構や運営が広く多くの人に齎されるように・・・。

 個人の考えで暮らし行動することは、規制社会の制約をモロに受けるだけでなく、気付かない自分のキメツケ観念からの制約をモロに受けるものである。
 自分の考えで行動する方が楽だ自由だと思う人がいるということは、まだ「キメツケのない社会機構や運営」が未熟で、恩恵が薄いということの証とも言える。
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