BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 「研鑽という考え方」 つづき ――

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Category: < 研鑽の理 > | 2009.08.13 Thursday 16:23

「研鑽という考え方」 つづき

 1.自分の感覚であるとの自覚
 2.自覚のない固定観念・キメツケ
 3.事実・実際とは
 4.過去の事実
 5.現在の事実
 6.観念上の事実化
 7.そうなっている社会 (固定する考え方の社会)
 8.良いこと 悪いこと
 9.教育が自覚のない人を作る
10.天動説的な意識 からの脱却
11.「研鑽という考え方」について
 人の世の現状は、「固定する考え方 一色」と前述したが、「事実はこうだ」と決めなければならない世の中だとも言えるだろう。「やった、やっていない」「誰がやった」「誰が作った」「誰のもの」「誰の責任」・・・等々、ハッキリさせない訳にはいかない世の中である。
 こうした今の世の中で「固定のない考え方」といっても、非現実的に聞こえるかもしれない。「事実はこうだ」と決められない世の中なんて、とてもいい加減で、ルーズな状態しか想像できないかもしれない。
 しかし、誰のどんな意見や見解も、人間の考えであるのだから、「事実はこうだと思う」「こうではないだろうか」としか、言いようがないと思う。そういう人に成り合ってくると、言い張って対立したり、白黒の決着をつける裁判も無用になる。怒りや憎しみが無くなるだけではなく、不平・不満・権利主張・責任追及など、凡ゆる争いがなくなる。

 この「研鑽という考え方」「研鑽状態」が、すぐに会得できなくとも、先ずこの理を理解・納得して頂きたい。「人間の頭の中のことであるとの自覚」ということが理解・納得できない場合は、何度も読み返してみて頂きたい。
 そうして、ある程度、理解・納得した上で、次の章へ読み進んで頂きたい。

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