BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― ヤマギシの村 についての見解を少々  ――

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Category: < つれづれ > | 2008.08.17 Sunday 15:00

ヤマギシの村 についての見解を少々

なぜ、今のような生活形態や運営方法にしているのか、その理由や根拠を誰も知らないと思う。

ヤマギシを知り、その組織に加入した時、既にそのような生活形態や運営方法でやられていたから、それを行なうことがヤマギシズムだとしてやっている。
世間一般の生活形態とは大きく異なる為に、また、無所有一体を理念だとしてヤマギシズムを掲げている為に、今ある生活形態や運営方法が、ヤマギシズムを現わしたものだと思っている人が多い。
「ヤマギシズム生活実顕地」について、それを調べるすべもなく、「これが実顕地だ」「こうすることがヤマギシズム生活だ」というところから入いって来ている人ばかりだと思う。

「実顕地」と名づけられているものを「実顕地」だとして、40年にも渡って行なわれいる。
40年前にはあったであろうプロジェクトの目標や計画や方法など、今になっては誰も知る由もない。
現状は、設計図も仕様書もない老朽化したプラントの維持・保守・補修 に躍起になっているようなものだろう。
不自由と窮屈さが介在する、気を使いながらの人間関係、管理統制の要る運営で、自身の実態にメスを入れようともせず、意識だけは ヤマギシズム をやっているつもり。
ヤマギシズムとは何か、という原点に立って、それを生活や運営に現わしていこうとするのが筋道だと思うが、果たして、今のヤマギシに、そのような人がいるだろうか?。
ヤマギシズムをなおざりにして、旧態依然とした「組織と生活形態」が、存続しているにすぎない。

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