BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 心理的方面の解決を ――

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Category: < 精神革命 > | 2008.06.15 Sunday 17:00

心理的方面の解決を

心境が良く、機嫌が良い時は、仲良く楽しくやっているが、ひとたび自分の意に沿わない、気に入らないとなると、心の状態が変わる人。
夫婦の形をしていても心が溶け合わない。
親子・兄弟・家族の形をとっていても責めたり疑ったり腹を立てたりする。
形だけの夫婦・家族・仲間・・・事柄や相手によって、心の状態を変える人。

疑ったり批判したり争ったり張り合うことに馴れてしまった人には、正常な心の状態の人を実感し難いだろう。しかし、元来、人の心というものは疑い嫉み憎しみ怒り不審などを好まないものと思う。そのような心の状態は不快で早く抜け出そうとする。


心の対人的持ち方 = 人間社会の基本
普通の健康正常な心の状態に立ち還らない限り、正常な人間生活も人間社会も営めない。

心が決して離れない人、心から堅く結束できる人、無我一体の心ともいえる。
そういう人に成り合わない限り、安定した快適な社会は訪れない。
一体の心とは、誰かと何かと一体ということではなく、いつでもどこにも壁や隔てを持たない状態。自分を所有しない人。
一体の心の状態に成ろうとする方向のない人が「人と共に」なんて決して出来ないと思う。対抗したり責めたり疑ったり邪推したりする心の状態では、決して愉快に人と共に暮らせない。
自分を知り、人生を知り、社会を知るは、一体の心の人に成り合うためのもの。自分や人の成り立ちや繋がりを知ることで、幅らない突っ張らない、謙虚な、謙虚な心が育つ。それが一体の心の方向。そういう人が寄って社会ができる。
そうして、自分自身が謙虚な心、一体の心を目指して行くと、人の心の謙虚さ、一体の方向性、つまり目標を等しくする同調の人も見えてくる。
何十人、何百人寄っていても、一体の方向にある人か否か。それが実質と思う。
一体の方向にないものをいくら増やしたって無意味。
一体の心の人に成り合おうとする同調の人々と共に。

・・・自分の足下を自分で崩して気が付かない迂濶者が、追々と湧いて来ましょうし、現に方々に、他からの逆宣伝と呼応して、賑やかになりつつあります。
 これも予想に織り込まれた一時的現象で、こうしたウィルスも、やがては事実と云う太陽に照らされて消滅し、真実の人達の前にひれ伏すことは決定しています。
(一卵革命を提唱す 前説 より)

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