BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 本質的なものに重点をおく 6 ――

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Category: < 世界革命 > | 2008.05.18 Sunday 08:00

本質的なものに重点をおく 6

生まれ育った、周囲・環境・気風などによって、知らず知らずの内に培われ身に着いた価値観。
生まれた時にはなかっただろうが、現状を観察してみると、確かに身に着いてある価値観。

大人になって、ずーっとあとになってから、理論的に「何に重点をおくべきか」を理解し、強く思ったとしても、身に着いた価値観は、すぐに変わらない。
個人の意志や意識では、価値観や着眼点の転換は容易ではない。


本質的なものに重点をおいている人の存在、そういう人たちによって醸し出される気風。
そういう人は、どこを観ているか なにを聴いているか

それを真似て、ここを見よう これを聞こう として出来るものではない。

じゃあ、どうすれば、できるのか・・・と、一足飛びに進もうとしないで、
まず、自分は、どこを見ているのか、何を聞いているのか、自分が重点をおいていること、眼をつけているところを知る・・・自覚
それをしないで、見よう見よう、聞こう聞こう、重点をおこう、としても絶対できないと思う。

怒りや争いなく、意欲をもって楽しく働く人を良いなあ、と見る観方・価値観。でも、こういうロボットを作るのは、そんなに難事ではないと思う。
人を観ていると云えるか、どうか・・・。
赤ん坊をかたどった人形にもカワイイと思う感情・・・、何が違うか。


自分にとっての関心・重点・価値観・着眼点を先ず知ることから、
そして、本質的なものに重点をおくとはどういうことか、知識理解ではなく、
そういう人に触れて感得する、空気を吸うように。

自分のことでさえ、思いとか気持ちとか感情とか考えとか・・・表面的なものを中身だと思っていること多々あると思う。それでは、とても人の中身へなんて行けないと思う。

日常の言動は、人と人とのやりとりの中で生じる相対的現象。
やってること、言ってること、現象を捉えて、評価したり批判したりできない。もちろん、その人を知ることはできない。
社会の一員、組織の一員、職場の一員、役割の人、あれをやってる人、こういう人・・・人間は服を着てものを言うロボットではない。

「忍ぶれど色に出にけり吾が恋は、ものや思うと人の問うまで」
こんなところに言い表しようのない本当が現われるもの、人間をエモン竿やマネキン人形にするのはおかしい。表わすものでなく表われるもの、言葉に出して好きだと言っても、それは言葉であって、本当はあてにならない。
(1959 正解ヤマギシズム より)

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