BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 本質的なものに重点をおく 3 ――

<< 本質的なものに重点をおく 2 | main | 本質的なものに重点をおく 4 >>

Category: < 世界革命 > | 2008.04.23 Wednesday 12:00

本質的なものに重点をおく 3

御利益(ごりやく)を有り難がって熱心にお勤めする信者
・・・といっても、まるで他人事のように聞こえるかもしれませんが・・・、


例えば、いわゆる共同事業、共同経営、業務提携などは、
互いににメリットがあるからやろうとするもので、メリットがなければやる意味がない。
メリットを見込んでやり始めても、メリットがなくなれば解消する。
一緒にやるメリットがなければ、一緒にやらない。
今の世では、そんなことは当たり前で、「そりゃぁそうでしょう」と、おかしくもなんともない。


一つでやるとか、持たない放すとか、・・・・メリットがあるからやるのか、なければやる意味がない?
一つで持たない生き方をやりたいと思ってやったけど、窮屈だし、仲良くないし、豊かにならないし、やってる意味ないとか・・・。
楽しく豊かそうに見えても、メリットがなくなるとやめてしまう人たちなら、いかに盛んでも、事が起こればすぐに崩れる砂上の楼閣。
メリット・御利益・効果があるが故に、まじめに一所懸命やってる人もいる。
「一体」とか「一つ」という言葉を使っていても「良ければやる」という打算的・相対的なもの。ご都合便利一体。


ここ(鈴鹿)では、一時50世帯以上が一つでやろうとしてやっていたが、決して家計は楽じゃなかった。そして、その大部分がやめてしまった。(こんなことなら個々でやった方がいいと・・・)
そういう体験を経て、研鑚が軌道に乗り始めた。(本当の社会の必須要素、人と人にとって何が大切か・・・)

どんな事があろうとも、何が無くても、一つで持たない人たちとは・・・。
一体とは絶対を願うもの。順調に行ってるように見える時こそ、そこに着眼。
本質的なものを心から指向し、そういう視点・観点がある人なら、すぐ判る筈。
どこに重点をおいて暮らしているか。

Trackback URL


▲ page top