BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― それは 手段か 目的か ――

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Category: < つれづれ > | 2008.03.09 Sunday 10:00

それは 手段か 目的か

「共に」というのは、広い意味で云えば、私は地球上に住む全ての人と共に生きているとも思う。
これを煎じ詰めると、「目的を共にする」「生き方・考え方を共にする」ということになると思う。
同じ組織に所属したり、同じ研鑽会に参加していたり、それも広い意味では「共に」ではあるが、「目的や考え方を共にする人」とは限らない。却って、遠くの知らないところに「目的や考え方を共にする人」がいるかもしれない。


研鑽会や会社や各種活動があってそれに加わっていても、それぞれ思い思いの参加であって、その中には共鳴・共感する人も多いが、目的も考え方もずいぶん違うなと思う人も多いです。
同志とか仲間と思い違いし易いもので、その実は同志でも仲間でもないです。

僕なりの目指すものやあり方があります。その目的や考え方を共にする人たちで実現をはかる活動をしているつもりです。
どこまで出来たか、進んだか、それは、その目指すものの実現以外にありません。

研鑽コミュニティも研鑽ライフセンターも研究所も各種の研鑽会も凡ゆる活動が、その実現のための手段です。出来たものでもなければ、目指すものでもありません。ただの手段です。
これらの手段を目的のように思ってやっている人も多くいるようにも感じますが、共感しないです。いろいろな活動や場ができつつありますが、それを共にやろう、の人が多い気がします。
 例えば・・・、
 自家配合で緑餌たっぷり採光の良い平飼い鶏舎で有精卵、自然と人為を基調にした養鶏とか・・・
 地球にやさしい、環境にやさしい、自然をふんだんに取り入れた云々とか・・・
 みんなが力を合わせて、持ち寄りで、和気あいあいとした社会を作りたい、とか・・・

 その事を良い事のように思って、その事に賛同して、その事を共にやろう、となりがち。

現象化した手段は、本質的なもの・本当の目的の方向へのキッカケを生むための前渉行程です。
目的や考え方があって、鶏でもやるか、会社でもやるか、なるべく目的に適いそうなものやろか、となる。
みんなが喜びそうな事、人が集まりそうな事、やろうかというのとは違うもの。
やろうとしている事柄よりも、やろうとしている人の中でどうなっているかに関心があります。それは 手段か 目的か。

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