BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― その人 受けたもの 現象化 ――

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Category: < 人 間 理 > | 2008.03.07 Friday 09:00

その人 受けたもの 現象化


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 正しくない行動や考え方が起こってくるということは、やはり、そういう正しくない心の状態になる原因があると思うね。そこで、この、正しい考え方それから行動をとるために、やはり正しからんとするもの、こういうものがあってもいいと思う。
 その、間違いやね、間違いの行動、言動をとる原因の心が起こらないようにするっていうこと、これ大事なことやと思う。で、ここ大事なとこかと思うね、あの、例えば人から何か聞いたりものを見た場合に考える場合にも、正しくありたいと、ね、これが基本、根本になると思うが、人を見る時に、それを「いけない」と、間違った行為をしておるその人やね、その人っていうものは、実際はその人でなしに、間違い間違った、まあ悪いっていう言葉使ってみると、悪い考え方や行為をする人を見ても、その人がしておるでなしに、その人は受けたものから、そういう心の状態になって、そういう行動になっておるだけだと。
 悪いことしてるから、その人が悪い人かというと、そうでないと思うね。その人の心が悪いかというと、そうでもないと思う、やはり受けたものによって、そういう悪い行動する心になっておるのやと、こう思うね。
 で、そういう行動があったとしても、その人を憎むということないと思う、に関わらず、ややもすると「悪い人だ」「悪い人だ」と、こういうふうに決めつけてかかり易いもの、あれは性根が曲がってるから悪いから、と云うけども、その性根が曲がった原因というものは決してその人ではないわけや、受けたものって云っていいと思うね。くどいようですけど、私、表現がまずいがね、そのぐらい云うてもまだ云えないけどね。
 その人、そこで私が云いたいとこは、ここなんだ、その人を悪く見ようとするそういう心を無くしたいっていうの、悪く、悪い人をかたづくろうとするとか、人が悪いんだとか、それからまた、その人の心の状態、ね、悪い行為をする心、悪い心ね、そういうものと、これ決めつけることをね、決めつけたくない、出来得る限り、そうでなかろうな、こういう考えを持ち、こういう行為をとるについては、何かあるに違いないと、誰かから何ものかから、受けておるに違いないと、こういう見方をしたいと、こう云うんやね。なるべく、その、悪い心だとか悪い人だとか、こういうものを作らないように持っていきたいと、こうなんですね。
 ところが、それをなんか知らんが、あれは悪い人だ悪い人だと、或いは一歩その前の、悪い考えの人や、悪い心の人だと、こういうふうなものを作りあげていこうとするような、そういう態度をとりたくないと、で、そういう心を作らないようにしようというこれは私あってもいいと思う。ここ大変な、大変なこの、なんちゅうかね、反対のものと思う、よく似てあって非常に反対だと云いたいことは、悪い人をね、悪い人を作りあげるような考え方と、それから悪い人を作りあげようとすること自体やね、に対してそうあってはならないというものやね、悪い人作りたくないと、或いは悪い人と決めつけていこうとするものを、そうでないと、そうしたくないと、ね、それはどうも間違いだと、悪い人を作ろうとするのは間違いだと、だから悪い人を作ろうとする心をやね、起こさないようにね、その心を取り去っていこうという、これはね、悪い人を作ろうとするのとね、まあええ人って云うたらおかしいですけど、正しい間違いのないね考え方が出来る人になってもらおうというのと、ここが根本的に違うと思う。大変な違いやと思うね。よーく神の心って、神っていう言葉使うとおかしいけど、せいなるっていうか・・・
(1958.12.9 録音より抜粋)

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