BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 七、鶏界を毒するもの ――

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Category: <山岸養鶏の真髄> | 2003.10.31 Friday 23:44

七、鶏界を毒するもの

=養鶏を奨励・指導する者の過誤と自覚=

 この文章は養鶏の分野に限るものでなく、鶏の字を置き換えるに、政治・学育・社会・経済・産業及びその他の字句を用いますと、何れもそれぞれに当てはまるのです。
 私の場合
 私は現在、現社会経済観からいうと、鶏を飼っておりません。
 併し私は日本中で養鶏していると思っていますし、やがて世界中の養鶏にも、私が浸透することが、ハッキリ判っています。
 否、現在世界中の鶏は、全部私が飼っている、否、否、養鶏に限らず、すべての人間行為は人間、私がおこなっているのです。
 解るでしょうか? 私の文章が、私の言々句々が、一寸解りかねるでしょう。
 つい先達てまでは、この言葉が通じなかったのです。不都合なことでした。
 モドカシサのあまり本紙前々号で、述べていますように、昨秋全国大会で「どうすれば私のいうことが判って頂けるのでしょう?」と掲題して、私としては真情を吐露したつもりで、歎息とも、課題ともつかないことをいいましたが、その席にいた人の中には、非常な怒りを持って帰った人もあったそうです。
 当夜の徹夜研鑽会に参加し、本当に熱心に、朝まで研鑽された大部分の人(七十余人)たちには少しづつ通じだして、私のわからん話が、徐々に解りだしたそうです。
 何分異なった世界の言葉ですから、言葉づかいそのものの勉強から先にして頂かねば通じないのです。
 今の世界で一般に、欲が深いといわれている行為を私は欲が浅い、欲なしだといいますし、世間で親切だ善行だと、称賛する言行を不親切だともいい、大きいと思っていることを、小さいと申しますから、全くもって逆らっているように聞こえるのでしょう。
 一般に幸福という言葉を使っている場合でも、山岸会ではなかなか信用しないのです。
 商売繁昌で大金儲けた、家倉建てた、田畑を買い増した、娘に沢山荷を釣って嫁がした。代議士に当選した、こんなの幸福の部類に入れません。
 山岸会では場合により、不幸への出発、前兆だとも見えますからね、明日の不幸の予約にもなりそうですから。
 私はこれで正気のつもりで機会ある度ごとに言葉づかいの説明からはじめるのですが、又そうしなければ通じないからそうするのですが、その方に時間がかかって肝賢の本題に入るまでに幕切れになって、せっかくの儲かるよい話を聞いて貰わずに、不得要領で、ブツブツいいながら別れて行きます。
 白い粉はみなメリケン粉だと思っている人に、マヒサンを渡す前には用途・毒性等について、十分注意が必要です。
 そうでしょう、人間生きる上に、あまり役にも立たない数学を習う場合でさえも、前に数字を習うじゃありませんか。
 カナや難かしい漢字を苦労して、何年もかかって習うのも、字そのものを習うのが目的でもないのに、・・将来文章を読んでその意を解したり、自分の意志を記録し、又は伝えるために字を習うのでしょう。
 どこの講習会ででも、儲かる養鶏の話をしようと約束しているのに、損する養鶏を欲しがります。
 根本からやらねば、絶対に儲かる養鶏は判るものでないのです。
 字を覚えるのはイヤだ、本が読みたいのだ、と急ぎ込み、コノ目で見たら解ると、アキメクラやスカタン読みの連中が、多いことです。
 主催者も自分の役目や、儲けの方が大切なのか、頭が悪いのか、損さす養鶏に同調して恥じません。
 字も覚えないで、一躍字を書こう、本を読もうとされるのは、どんな利巧なお方か知らないけれど、大分無理な御注文じゃござんせんかね。
 永久に絶対責任持ちの、山岸養鶏の正体が、そう易々とわかってたまりますかね。本当に知るには、山岸養鶏の言葉づかいから覚えられることです。
 余り利巧なところを見せて貰わなくも、御利巧なことは初手から判っていますから、無心になって、私の注文もたまには聞いて下さって、いわれる順序で、素直にやってみて頂き度いのです。決して脱線させませんから。
 こういうことは初めから書いていますし、口を極めていっていますが、それは要らないと、カブリを振るので焦点があわず、いつもイスカの嘴の食い違いで、本を空読みしたとて、話を三時間・五時間聞いたとて山岸養鶏の正体は掴めません。
 読み方・聞き方が素直にならない限り、何百時間費しても費し損です。
 学歴・地位・経験等既成社会で、自他ともに認められるような人程、自我が捨て切れず、自己信憑の眼鏡を通して見ようとして、素直になれないから、いつまで経っても進級せず、見当違いの自己断定の盲説を臆面もなく、雑誌や講演や人前で堂々と発表します。
 そして自分一人の恥曝しに止どまらず、肩書崇拝の数万の信者に、間違いを植え付け損をさせています。
 こういうのを私は親切そうに見えて、実は不親切そうだといっているのです。
 いう人も聞く人も儲けるためにとおもっていることが、案外損をする道程になることもしばしばです。また山岸養鶏の外観だけ見て、本当のよさを掴まないで軽卒に、自分流に採長補短のつもりで、良いとこどりをしようとする、利巧者(猿マネ)も欲が深そうで、実は空杯を傾けて酔を求める類いの輩で、欲のない事夥しいです。
 こんな狡猾な自分に不親切な人は、鶏にも不親切で必ず永続しないこと請負いです。
 私はかような人がふえることに責を感じ、山岸養鶏の正しいつたえかたに努力し、嫌われても、憎まれても、空だ、夢だ、狂人だといわれても根気よくいい続けて来ました結果、漸次正解者が増加し、愁眉を聞くにはまだ少しはやいが、どうにか曙光が見えてきました。
 併しまだ各所で的外れの解釈をし、色とりどりの群盲撫象的風評をたて、損失へ損失へと走る人、走らす人も増加するばかりですから、それらを一掃する意味を含めて、特別講習会を開催し、永久の保証をしたのです。
 一週間の時間は貴重でしょう。1000円の受講料と旅費、食費もかかりました。だがしかし、北海道から南九州にいたる、全国から参加された完全修得者、百六十余人(外に途中参加者数十名は土産が小サイから、真の親切から今後は入れない方針)全部が期待に幾層倍かの収穫をえられ、確信と歓喜をお土産に帰郷されたそうです。

第一回特別講習の結果は?

 ダラダラと長期に知ろうとする甘い考えでは、生煮えの半かじりの味にボヤケて徹底しませんから、思い切って、特別講習などで手っとり早く山岸養鶏の正体を正確につかんだ方が、よい算盤ができます。
 受講効果は修得者に直接会えば、態度や言葉からハッキリ判ると思いますが、老若男女の何れの方も、一生のうちで未だかつて味わったことのない、場だったそうです。
 毎日続々と舞い込む効験報告は、素晴らしいものばかりです。
 結果的に見て、実に欲の深い人達ばかりだったと、私は言い切ります。
 山岸養鶏に成功するには、・・あるいは人に語るには、山岸養鶏の正体を最も正確に知らねばなりません。
 山岸養鶏の正体を正確に知るには、山岸養鶏書と、少なくとも山岸会会報三号を、完全に読みとることです。
 読んだのみでは・・暗記したとしても、・・役立ちません。その意をそしゃく吸収し、自分のものとしなければなりません。
 会報三号から解った人は正解です。
 正確に解った人は、遠かろうが、忙しかろうが、かならず一人残らず本部へ寄ってきます。
 結局、特別講習を受けたくなって、必ず受けます。キット受けます。
 会報なり山岸養鶏書を正確に、最も早く、効果的に、愉快に読みとるには、特別講習研鑽会に参加することです。
 参加されると、違った世界の言葉と言いました難解な私の文章も、スラスラ読めるようになり、小説を読むより、何を読むより面白くて、面白くて何辺でも読み、読む度毎に新しい味がでてくると同時に、今の社会の新聞等馬鹿らしく読む気がしなくなるそうです。
 心の目、悟が開けて、天馬空を行く、捉われない身軽さになり、人生すべてこれ快適なり、になり切れるそうです。
 今の世の間違い一切が、ハッキリと見えるようになり、物の観方、考え方、行為がすべて正確になります。末で損する我利儲けと、本当の儲けの区別も整然と見えます。ついでに家庭の不和・社会の紛争・戦争が無くなり、不安・悩み・苦しみ・腹立たしさ・貧困・孤独の淋しさも、全部跡形もなく消えてなくなります。
 怒ろうと思っても絶対に怒れない人になれます。
 宗教や修養ではありません。
 押し付けや堪忍やゴマ化しでは駄目です。
 愉快で、愉快で堪らなくなり、何をやってもかならず成功します。
 ホラか偽りか、今迄にこんな事実が、一度だにあったであろうか、第一回修得者一人、一人に直接聞いて見てください。
 向う三ケ年以内に世界中に巻き起こるであろう、輝やかしい出来事。
 百八十余人の受講者の目と、共に受講した私のこの目でシッカリと見届けた、史上空前の出来事。
 悪よ、怒よ、さようならを。明日に迫ったヤマギシズム社会の一端を。
 早くも第一回特別講習会(昭和三十一年一月十二日~十八日)受講者の変り方に驚く、家族・知人、触れあう人達の要請によって、待ち切れず矢つぎばやに、
 第二回 特別講習
       研 鑽 会 を 開 催
 されることに決定しました。
 私も第一回に会場の一隅でほとんど寝たまま、受講した一人です。
 参加して見てください。かならず莫大なお土産があるはずです。
 私、先般来瘠馬に荷が勝ったのか、ズット床の中で絶え絶えの毒舌をペンに托していますが、今のうちに山岸養鶏成功の秘訣を、正しくお伝えして置きたいと思い、第二回特別講習にもすべてを賭けて出席し、ご得心の行くよう徹底研鑽に加わる決心でおります。
 なお絶対に怒れない、愉快な人になって頂けることを保証します。
 特にこの際左記の方々に対し、特別講習研鑽会に参加されますよう、お呼びかけします。
 特別講習研鑽会 紙上公開招待状
             (母子音順)
 国立岡崎種畜牧場 工藤 場長 殿
 愛 農 会    小谷 会長 殿
 日本家禽研究所  高橋 所長 殿
 愛善みづほ会   出口 会長 殿
 山下種鶏孵化場  照太郎場主 殿
 家禽界中禽社   山口 社長 殿
 養鶏時報社    吉川 主筆 殿
 以上の各氏に本紙をかりて、特別講習研鑽会にご招待します。
 本来なれば「拝啓に始まり、一々拝趨云々頓首」で結ぶ、丁重なる外交礼句で迎うべき方達でありましょうが、私の場合、上下に人なく、同輩・横の人・親友・家族ですから、虚礼をやめて率直にお呼びかけするわけです。
 山岸会語では「君、特講に来てみませんか、仲々面白いですよ。一遍に愉快になれるし、一度徹底研鑽をやりましょう」と言うところです。
 あなた方が特に山岸養鶏を広く紹介してくださったから、こんなに早く全国へ普及したのですが、普及したからと言って、功績を称えません。宣伝してヤッタなど自惚れた、おためごかしの気持が毛頭でもある方があるなれば、チト聞こえません。
 結果的に見て、果して親切であったか、不親切だったかは、これから先のことで、現在のところでは忌憚なく言えば私なら、あなたもあなたで「迂闊だったね」と言わして貰える方もおいでになりますね。
 あれでは早晩損さすかも知れぬと思います。少なくとも我利我利共に、便宜を与えたことは事実で、利己主義は絶対栄えるものでなく、必ず将来滅亡します。
 滅望に拍車をかけることは不親切です。
 いままで養鶏は随分奨励されましたが、一時はやりだしても、ほとんど廃めます。そのほとんどが損をして・・そんな不親切なことを沢山の人に広めてはならなかったのです。
 した方が間違いか、さした方が手抜かっていたかを索してみますと、寝ている子を起こして、そうするように仕向けた方が、どうやら至らなかったらしいです。私は初めからこれを慮れ、こと毎に誤りなからんように言い続けてきましたが、これも言い続けてきたという、単なる申し訳ない申し訳に過ぎず、事実徹底していなければ、言わざるに如かずでしたね。
 次の高度養鶏を出さないのも、ここなのです。いくら出しても、出しても、我利の人々は、求めるのみで、自分を改めようとしません。
 高度であればあるだけ、禍いを大きくするばかりですから出せませんね。
 しかし出さずに死ねば、人間の持っている宝(宝でもないがね)の持ち腐れになりますから、今のうちに我利でない人、我利の人に加担しない人に伝えておきたいのです。
 このまま災いの因ともなる種を撒きっ放しで、後かまわずにしておいては、まことに相済まぬ仕儀になりますから、幸福の因(卵がタダで得られても、空気や水よりも大切でない物で、あまり幸福に役立ちませんが)になるよう、間違いを累加させないようの、研鑽もして、早く手を打たねばならぬときだと思います。
 自分の行いを生かすも、殺すも、息のある間の仕事で、世のために働いたのか、世の不ためになる働きをしに生まれてきたのか、何れの行跡も残ります。せめてニッコリ笑って死にましょう。
 世のためということは、他人のためではなく自己及び子孫、自分の延長の棲む世の中であり、自分の同属(自分の分身)の棲む世界であって、結局自分のためということで、自分で自分を苦しめるような馬鹿げた真似はして居られません。

何を後廻しにしておいても

 自分のみのためと考えることは、自分を困らす下地をセッセと造っていることで、そんな人の手助け、後押しにもならないよう注意しています。
 私の場合はこんなことですが、あなたの場合も他人事ではないから、言わして貰いましょう。
 あなたの仕事の立場から、あなたの一言一句の影響力が大きく、かつ山岸養鶏と言われながら、チョイ、チョイ間違って発表されている部分があり、しかも、肝腎な・・、丁度かつお節で言うなれば、だしに当る部分・・即ち山岸養鶏の生命とするところが抜けたり、ボヤけたり、原稿を送ってカットしたりしていますから、この点御汲み取り願って広めて頂く場合、だしがらでない堅魚節、即ち役立つ絶対損をさせない、本当の山岸養鶏を検べてからにして欲しいのです。
 山岸養鶏は、全部一組になっていますから、部分品を持ち行かれるよりも、そっくりそのままの方が使いよいのですが、もし部分をお採りくださるなれば、だしの方をお奨め申し上げたいのです。この方なれば世の不ためにもならない自信がありますから、みなさんに迷惑をかけない保障として置きます。
 鶏が死んで悲しんだり、損して家内喧嘩したり、首くくったりさす原因をバラ撒かないことですね。
 よく検べてみると政治でも、教育でも経済・産業界でも社会事業でさえも、悲劇の種播きをしている点が多々ある事に気付きます。宗教等は曲者が多く、宗教・信仰は一つもない方が人を暗愚にしたり、惑わしたり、時間や建物を浪費さしたりしないだけでもよろしいのです。
 指教している人自身は、後はどうなっても構わない、雑誌社・飼料商・孵化業者も自分さえ儲ければ、後は売れなくても等と思っている人は少ないでしょうが、終局の結果、人をして間違いに終らせ、自分も立ち場がなくなることが、随分ありますから、何事によらず根本的に徹底的に研鑽してからでないとやれないし、人にも言えませんね。
 我利行為を「やって見せ」たり間違いを教え、行う位なれば、無為徒食・天井を見詰めて寝ている方がマシでしょう。
 公開の機会に一度発表したことは、直接、間接に拡がり、如何に手を尽してもモウ取り消すことはできません。
 特別講習研鑽会は、誰も特別人間が教える場でなく、互いに講師であり受講生となったり、提案質問者であり、徹底研鑽し間違いのない、よりよく、より向上の結論を見付ける場ですから、そのお積りでお忙しいでしょうが、何を後廻しにしておいても・・親の葬式に会わなくても・・火事場の跡片付けは放っておいても・・公務も、案外世の不為になる公務もあるかもしれませんから、万障差し繰り、参加して頂き度く、本当の鶏界繁栄、曵いては全人幸福にために、一堂に会して研鑽しましょう。
 なお、養鶏新聞・雑誌社・官民養鶏指導者・全国飼料商・孵卵業者その他養鶏関係者及び養鶏に全然関係のない一般の方も参加してください。
 過去幾千年、世界の何地にも、神も、仏も、偉人も、何ものもなし得なかった、まだかつてない新しいヤマギシズム社会の一端も、一寸覗いて頂きます。
 その社会の応用実験の副産物が、山岸養鶏法です。
 アメリカやミチューリンから、受けたとの世評に応えて。
 「どうぞ、お手に取って較べてみて下され」
 社会の組み方も、養鶏も・・オッサァン頼ンまっせ--
◆山岸養鶏の育雛は、絶対だと折紙をつけられていますが、妙味はその後にあり、デリケートで素朴なところにあります。本の表紙から末尾まで全部を本当に読み取って下され、全部書いてあります。
◆山岸養鶏全部が絶対だ!
◆ヤマギシズム社会こそ、永遠に絶対だ、と全世界人から謳歌される日近きを確信しつつ。
一九五六、一、二八
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