BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 明日に生きたい ――

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Category: < つれづれ > | 2008.02.04 Monday 22:00

明日に生きたい

「今を生きる」とか「今に生きる」というフレーズを好む人がいるけど、僕はどちらかというと嫌いだな。
難病などで、あと数ヶ月の命という人の言葉なら分かる気もする。

「先を大事にする」のか、「今を大事にする」のか、と問えば、多くの人が「今を大事にする」と言いそうだ。
僕は「先を大事にする」
「先を大事にする人の今」と「今を大事にする人の今」とは、同じ「今」でも全然違ってくる。
願いや念いを抱いて、今を生きていると、願いや念いに向かっていると勘違いし易い。それは自己満足の幻想だと思う。

実現すべくハッキリとした将来を画いている人は、そのために今、何をやるかが具体的に現実的になってくる。「願ってやる」という程度の甘いもんじゃない。
「先を大事にしない人」は目前のやることに拘泥している。今やることを大事にしている。「何をやっているんだろう?」
「人に聞いてやる」タイプの人は、みんなこれだな。

「先を大事にする人」というのは、実現すべく将来のことを自分の頭で考えている人。
このように進めたい、これを実現したい、その為には今ここをやろう、となる。

自分には本当に実現したい将来があるのか、自問してみたらいい。
そして、実現したい将来があるなら、そのために自分はどうするかを自分で決めて実行すればいい。


今人並以上苦労しても、孫子の代も沢山の人が楽になるようにと、先の大きな楽しみに生きられる人々が相寄って相談し、一時は裸になっても、借金してでも、何処かの一角から、後で度々改修しなくてよい立派な道路と、交通整理係も要らない道標を創り、乗り物も用意し、これならいけると、誰でも共鳴して協力されるキッカケを、・・・・第二章 構成 四 要約

 今日の問題に忙殺されている中にも、明日の破綻を防ぎ、光彩輝く将来を画策・施工して置く事で、今日は苦しく共、むしろそれに総てを賭ける方が、賢明だと信じています。

私はこの真理を確信しますが故に、同じ考え方の人々と共に、明日の楽しみに生きて居るつもりですが、・・・・二 本旨 心あらば愛児に楽園を 1.源泉の涵養

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