BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 経営とか 運営について ――

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Category: < つれづれ > | 2007.12.08 Saturday 00:50

経営とか 運営について

自分が見たり聞いたりして、自分なりに捉えたことを「事実だ」としている人は、「自分が見ている」「自分が聞いている」「自分が考えている」という基盤が欠落していると思う。

「自分が見ている」「自分が聞いている」「自分が考えている」という人は「頑固」になりようがない。
「自分が見ているんじゃない」「自分が聞いているんじゃない」「自分が考えているんじゃない」「事実がこうなんだ」とする「頑固さ」。


そういう自分の思い込みで暮らしても、人と接触少なく他に迷惑をかけなければ、それでもかまわないかもしれないが、・・・

「自分が見ている」「自分が聞いている」「自分が考えている」という自覚のない人は、会社や職場や組織の「経営や運営」に携わっては駄目だと思う。

経営や運営に携わる人は、「自分自身の研鑽態度と自覚の養成」を最優先にすべきだし、そうしない経営者・運営者は、周囲からも厳しく批判したらいいと思う。
研鑚社会は、研鑚経営・研鑚運営の社会だし、そこを怠る者は、経営や運営に携わる資格なし。


こういうことって、今までにも何回も言ってきたつもりなんだけどなぁ。
本当の人間にならないと、本当の仕事も本当の社会もできないし、
研鑚する人にならなかったら、研鑚経営も研鑽社会もできないし、
そんなこと、分かりすぎるくらい当たり前の簡単な理なんだけどね。
人をそうするのは難しいけど、自分が成ろうとすることだからね。
先ず、自分が本当の人間、研鑚する人に成ろうとすること。


知識や経験で、経営や運営をやろうとしている人は駄目だな。
先ず、自分が「自覚ある人・研鑚態度の人」に育とうとする人、それを最優先にする人で、この社会のこの会社の経営・運営をやりたいな。

録音を聞くには、文章をクリックして下さい。
 ↓ 山岸さんの声の抜粋です。(1961.4.2 名古屋にて)
世界中一つで囲いのない仲の良い社会をつくる、これが先決だと、それなれば、それなれば、お約束しておいた「ヤマギシズム社会」即ち世界を一つで仲良く、この今いった、そういう社会に於いてこそ使いこなせる「ヤマギシズム社会式養鶏法」を出した、使ってもらったら結構だ、こんなところまできたわけなんですね。
 世界中の永遠の幸せのために、本当の幸せというのはそういうものだと思うんですが、そのために鶏を飼うんだ、或いは鶏は飼わなくても、そういう社会をつくることが先だ、まず自分がそういう人になって、そういう人がだんだんと、同じ気持の人が寄っていって社会をつくる。

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