BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― ある ない ――

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Category: < 精神革命 > | 2005.04.22 Friday 07:49

ある ない

「無い」のが当たり前で、「無い」のが本当で、「有る」のはおかしい・・・

人間なし、生命なし、肉体なし、愛なし、情なし、SEXなし、伴侶なし、親なし、子どもなし、物なし、お金なし、・・・
言わない、考えない、思わない、約束守らない、働かない、動かない、しない、やらない、仲良ししない、けんかしない、・・・
みんな「無い」で当たり前だけど、言葉ではなく、「理」というか、人間の関与できないもの。
赤ちゃん誕生 嬉しいな。でも足がない手がない・・・と悲しむ。
「親がない」「愛がない」なんて実際あり得ないけど、「有る」ことを当然とする人間の観念は不要。
「〜ない」と云っても何かが「ある」状態を云ってる場合あるから、言葉の「ない」じゃないよね。

物理的に可能なこと「できない」とか、「してはならない」「しなくてはならない」は人間の独走観念で、我執と呼んでいいと思う。
言えない、聞けない、人殺せない、・・・は、我執・・・。
  地下鉄の線路に人を突き落としたというニュース「よくそんなことできるなあ」
  俺にはできない・・・これ我執。

「なんでもできる」「何をしてもよい」「何もしなくてもよい」・・・当たり前のベース
「できない」「してはならない」「しなければならない」・・・・・・人間の頑固独走観念。
言わない、聞かない、働かない、殺さない、・・・当たり前のベース
言えない、聞けない、働けない、殺せない、・・・我執

でもね、見ない、聞かない、というのは、当たり前の「ない」か、どうか。
目かくしする、耳に栓をする、という行為が「有る」ことによる場合が多い。
つまり、見ない、聞かない、も当たり前の場合と、我執の場合がある。
「ない」といっても、理に即した自然当たり前の状態と、我執観念の「ある」上で「ない」といっているのと二通りある。
違いは、その人の中身、真なるものか、どうか・・・。

まあ、いずれにしても「ある」のが当然とする人間の独走観念が不幸を作っている。
はじめは、無かったのだから、有り始めた頃は、少しでも有ることの実感があるが、それに馴れて、上げ底になって、有るのが当たり前になって、「ない」ことを不満に思うもの。
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