BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 誰もが幸福になるには ――

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Category: < つれづれ > | 2006.11.29 Wednesday 23:00

誰もが幸福になるには

こうすれば幸福になる、こうなったら幸福だ、というものを追い求めていても得られないと思う。
誰もが幸福になろうとしているように見えるが、幸福そのものが曖昧なために、
金に不自由なく暮らせればとか、物が豊かになればとか、人間関係がうまくいき仲良くやれればとか、自分を発揮する持ち場や環境があればとか、心の安らぎが得られればとか、・・・・
幸福を何か別のものに置き換えて、それが実現すれば幸福だ、と思っているようだ。それらは幸福とは無関係ではないだろうが、それが実現したら本当に幸福か、どうか。やはり、何を以って幸福というのか、が先ず必要だと思う。
それをやらないで、各自 思い思いに置き換えた幸福像を追いかけている。
自分にとっては、これが幸福だ、と断定できる人も、本当にそれで幸福といえるか、どうか。
幸福というのは、一時的なものや、個人の感覚的なものなのか、どうか。
世界平和、恒久平和、といっても、人によって、考え方、描き方が随分異なるのではないか。
一つにまとまらない、収集がつかない、賛否両論のままで、多数決や力関係で、何かを実現したとしても、それで、本当の平和、万人の幸福が実現するか、どうか。
幸福とはこういうものだ、幸福になるにはこうすべきだ、
 ・・・との断定を持たないもの。
 ・・・と断定できないもの。
 ・・・断定できるのかもしれない。

幸福とはどういうものか、幸福になるにはどうすべきか、
 ・ 幸福とはこういうものではないか、そうではないかもしれない
 ・ 幸福とはそういうものだとしたら、どうすべきか
 ・ 幸福になるには、こうすべきではないか、そうすべきでないかもしれない

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