BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― つれづれ無為乱筆2 ――

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Category: < 研鑽の理 > | 2005.01.29 Saturday 07:37

つれづれ無為乱筆2

天動説の時代に、地動説を唱えても誰も聞き入れようとしない。
天動説は、人間の視覚、感覚を頼りに想像したものだろう。
地動説は、事実を客観的に観測して出てきたものだろう。

今では、地動説が当たり前とされているが、地表が動いていることを、視覚や感覚では捉えることはできない。視覚的には、やはり太陽や月が動いているように見える。
これは、人間がどれだけ進化しても同じなのではないだろうか。つまり、地表が球面であるとか、自転・公転しているとか、人間の感覚では捉えられないのではないだろうか。

他の動物のことは分からないが、少なくとも人間は人間の知能を働かせ、事実を観測し調べることによって、事実を捉えることができるのだと思う。しかし、人知を駆使して、どこまで行っても、「事実を捉えきれた」と断定し得ないのではないだろうか。それが人間なのではないだろうか。

天動説が間違いで、地動説が正しい、というのではなく、天が動いているように見えるが実際に調べてみると地表が動いているといった方が適切ではないか。とか、また或る見方をすれば、動いているというのは相対的なことなのだから、両方とも動いているとか、天の動きによって、地球が動いているように観測できるのだという論もあると思う。
見方、捉え方によって、一律に結論づけられないのではないか。

地表は、平面か、球面か、という問いもどうだろう。
人間のおおかたの感覚では、地表は平面だと感じ、学校で習ったように「遠くの水平線に見える船は下の方が見えない」等の観測を経て、平面でないらしいと思う。
地球は、なめらかに丸いのはなくて、無数の多面体という人もいるかもしれない。

人間の能力は、知能や五感だけでなく、第六感と呼ばれるもの、遠くの事を見たり聞いたりできる人、見えないものが見えたり感じたりする能力、等々。
地震や気象を予知・感知する能力は人間よりも他の動物の方が鋭いとか。

多くの人には見えない聞こえないものを、或る人には見える聞こえる、となると、その人は超能力者だとか霊能力者だということになる。
それは、他の多くの人たちによって実証されたからだろう。
誰にも、実証されないことを見える聞こえる、と言っても、幻覚・幻聴・妄想の狂人あつかいされるのかもしれない。
多くの人に実証されないだけで、実際に事実、見える聞こえるのかもしれない。

天動説の時代に、地動説を唱えても、狂人あつかいされる原因はここにある。
ずっと、先になって、地動説が実証されると、かつての狂人が天才になる。

人類の歴史は、こういったことをずっと繰り返してきているのではないか。
今日の天才は、過去の狂人であり、今日の天才・超能力者も、また将来ではどんな扱いされるやら・・・。
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