BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 近頃 実証されてきたこと・・・ ――

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Category: < 世界革命 > | 2006.07.26 Wednesday 23:00

近頃 実証されてきたこと・・・

幸福社会、本当(真実)の社会の実現を願っているつもりでも、
幸福社会、本当(真実)の社会の何たるか分からないでは、実現しないのが当然の理。

その原因は、幸福・真実を知ろうとしていない。
幸福・真実を知るすべがないからか、その代替的に、
観念的欲求や幸福感情を追い満たし、それで済まそうとしているのではないか。
或いは、観念的欲求や幸福感情を満たすことが、幸福・真実であるかの如く勘違いしているのではないか。
日常生活にしても、仕事に打ち込むにしても、人生設計するにしても、その指針は、観念的欲求や幸福感情を満たすことに終始しているのではないか。


幸福社会の実現、本当(真実)の社会実現の真髄は、幸福・真実を知り見極め、それを実現しようとする研鑽実践にある。
原理・真髄は、すこぶる簡単シンプルなものだと思う。

しかし、観念的欲求や幸福感情を満たすことから抜け出せないのが、今の殆どの人の実情だと思う。
観念的欲求や幸福感情を追い求めるのは、人間の観念の肥大化(頑固・常識・道徳・盲信・妄想・自信・思い込み・感覚優先・自分の考え優先・etc)そのものだと思う。
朝早くから仕事に打ち込んでいる姿は、良いように思われているが、その実は、人生無知故の暇つぶしや金稼ぎで、それに意義づけ・正当化・やりがい等を上乗せした自慰行為(マスターベーション)が、殆どではないだろうか?
そこには、幸福・真実を知り見極めようとする研鑚のかけらもないと思う。


幸福・真実に焦点が定まり、研鑚の光が当たれば、当然その方向へ実現が進む。

それには、先ず、観念的欲求や幸福感情から抜け出す。
それには、自分の思いや気持ちや感情や考え優先で、やろうとしている自分、暮らしている自分を自覚する。
そして、自分の頭の中のものではなく、真理・真実・事実・実際の方に重きをおき、何が幸福か、何が真実かを、知り、見極め、実現しようとする。

「研鑚セミナー」や「自分を知るための研鑽会」は、そのためのものであるが、
それで、幸福・真実を知り見極められるものでもない。
現状の自分を自覚し 〜 自分やこの世の成り立ち・事実実際を調べ 〜 人間(自分)や社会の本来の姿を調べ 〜 幸福・真実を知り見極めようとする。

自分を知り自覚することから 〜 真正世界実現までの道筋・軌道を、理解し会得された人が現前しつつある近頃。
真目的の実現は、唯々、これにかかっている。
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