BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 人間の営み・・・ ――

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Category: < 精神革命 > | 2006.06.20 Tuesday 18:47

人間の営み・・・

世界革命実践

全世界の頭脳・技術を集合する研究機会を設け、それを実践する。

凡ての事柄について、衆知を集めて、よく検討し、最高・最善・最終的なものを見極めて、それを実践し、

真理と方法を探究し合って行動する、真理実践の社会活動体です。

「実践する」という言葉を聞くと、手足を動かして行動することを思う人が多いようだ。食を得て、住まいを得て、子孫を遺す等々(つまり働くこと)が人の営みだとしているからだろうか? 手足を動かして働いていると、人としての営みをしているという気になる。

「研鑚」が生命線だとか、「研鑚会」で社会を構成すると表現していても、やはり、「何かをする」ための「研鑚」であり「研鑚会」という捉え方、位置付けになる。ずっとそれでやってきているからか、それしか知らない。思い付かない。
言葉の云い替えをして覚えても何も変わらないけど、「何を(主眼に)やろうとしている人(自分)」かということ。

  仕事で研鑚を実践する <−−−> 研鑚で仕事をする
  暮らしで研鑚を実践する<−−−> 研鑚で暮らしをする
  研鑚するための仕事  <−−−> 仕事するための研鑽
  研鑚するための暮らし <−−−> 暮らしのための研鑽

「みんなの考えでやる」という表現もあるけど、「みんなの考えで○○をやる」というより、
「みんなの考えを実践する」「みんなの考えを○○でやる」ということと思う。
自分に言い聞かせても無駄だけど、「自分は何をやろうとしているのか」問うてみるとよく分かる。

10年くらい前のことだけど、「理念で・・・」とか「法で・・・」というのが妙に耳ざわり。ある日オールメンバー研の中で、
「・・・で理念を実践する」「・・・で法を実践する」んじゃないの? って云ったら、
「えぇっー、じゃぁ、今やってることって全然違うじゃん!!」と反応する人もあった。
「おっ、このひと鋭いな」って思った。

真実の世界、理想社会を想って働いていたって、決してできるものでない。
人間の本分を知らないと、本当の人間用の社会できない。
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