BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 研鑚を知らずに・・・ ――

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Category: < つれづれ > | 2006.06.17 Saturday 15:59

研鑚を知らずに・・・

 ヤマギシズムに出会い、それに惹かれ、何年も活動してきた人が、他のものに出会い、それに惹かれ、力を注いでいる・・・・という例がある。
 ヤマギシズムを否定している訳ではないだろうが、他の方に惹かれ、そちらへ傾倒する。
 「研鑚では」「研鑚会では」解決しなかった、スッキリしなかったことが、○○へ行ったら、解決した、スッキリした、・・・・と。
 中には、ヤマギシズムより、研鑚より、もっと優れているものがあった、・・・と云う人も。


 これらは、ヤマギシズムが、研鑚が、本当らしいと感じてやってみたけど、「分からない」「分からなかった」「会得できない」「自分のものにできない」「使いこなせない」等々、ということかと思う。
 そして、他のものに行ってみたら、「分かりやすかった」「スッキリした」「解決した」ということかと思う。


 自分が、「分かった」か、「分からない」か、ということになると、「分かった」と思うものを良いと思うことはあるにしても、「分からない」ものに対しては、良いとも悪いとも、優れているとも劣っているとも、云えないだろう。
 何年も、何年も、研鑚、研鑚と云ってやってきたけど、「研鑚のなんたるか」が分からず仕舞いで(どうにもこうにも分からないから)他へ行くんだろうなぁと思う。

 (・・・こういう人のことかな? ヤマギシ難民 という言葉聞いたことあるなー)


「研鑚」・・・そう簡単に分かってたまるか!という気もある。
でも、すなお(零位哲学的)に、ありのまま見聞きすること(真理の究明)ができる人には、分かりすぎるくらい? 分かり易いものと思う。
 頭悪い・頭硬い か 頭良い・頭柔らかい か 研鑚が分かるかどうか は 知能テスト みたいなものだね。
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