BOOKS: 『SCIENZ(サイエンズ)』
研鑽科学(ヤマギシズム)について(2008.8.1)
「ヤマギシズム」という語は、もう既に使う必要がなくなったが、「ヤマギシズム」という語が使われている間(消滅し終わるまで)は、その語源を明らかにしておきたいと思う。
―― 「思っている」という言葉・・・ ――

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Category: < つれづれ > | 2005.12.23 Friday 10:10

「思っている」という言葉・・・

「Aさんは、こういう人だ」 というのから始まって、
「Aさんは、こういう人だ、と私が思っている」 となるのが仲々で、そうなるのが、先ず第一段階。
しかし、過去に、
「Aさんは、こういう人だと思った」 というのが継続していて、
いつの間にか今も
「Aさんは、こういう人だと思っている」 という現在進行形になっている。

過去に「思った」ことが継続して、今も「思っている」とは、どういうことか?
過去に体験したことを元に、今も、そう思っているということは、その人の中では、
「Aさんは、こういう人だと私は断定して思っている」 となっているのではないか?
「思っている」という言葉を付けていると、ただ単に自分が「思っている」にすぎないと言っているように聞こえるが、その実は・・・、
「そうとしか思えない」他の思い方の入る余地なく、「今も事実・・・だと思っている」状態ではないか?
こういう場合は、
「Aさんは、こういう人だと思っている」 と言うより
「Aさんは、こういう人だという事実を私は知っている」 と言うのが当たっていると思う。
「思っている」のではなく「知っている」というのが、その人の内なる状態。

「○○は美味しいと思った」・・・
「○○は美味しい」=「○○は美味しいと私は思っている」=「○○は美味しいという事実を私は知っている」
「私は見て聞いて、Aさんは○○と思った」・・・
「Aさんは○○だ」=「Aさんは○○だと私は思っている」=「Aさんは○○だという事実を私は知っている」
「あれは間違いだった失敗だったと思った」・・・
「間違いだった失敗だった」=「間違いだった失敗だったと私は思っている」=「間違いだった失敗だったという事実を私は知っている」

日常の会話は「知ってる」ことのオンパレード。「事実を知ってる」のだから吹聴できるんだろうな。
「私が思っているんだけどね」と付け加えながら・・・。知ってる人同士の話は盛り上がる。
「知らない」のに「知ってる」と思って、喋ってるって、チョット辱ずかしいな。
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